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ブックマーク / satotarokarinona.blog.fc2.com (23)

  • 『台湾生まれ 日本語育ち』 | 荒野に向かって、吼えない…

    温又柔著 『台湾生まれ 日語育ち』 カフカはチェコに住むユダヤ人であり、ドイツ語作家だった。「ドイツ語」とはいっても、ドイツ語を母語とする人はヨーロッパ各地にいた。 近年日では「母国語」とはせずに「母語」とする人が多いようにも思うが、これは言語学的見地からではなく、「国」を入れることによる収まりの悪さを感じ取った結果なのかもしれない。「単一民族」による「国民国家」とは虚構のものであるが(そんなものが成立するのは極めて例外的地域のみである)、「母国語」という響きにはその虚構性が潜んでいると、直感的に感じとるようになったということなのだろうか。 「人種」や「民族」を主体的な意志によって選べないように、「母国語」、「母語」も主体的な意志によって選び取ることはできない。そしてもちろん、「純粋」な「人種」や「民族」が虚構であるように、他の影響から完全の逃れた純粋な言語などというものは存在しない。

  • 『綻びゆくアメリカ  歴史の転換点に生きる人々の物語』 | 荒野に向かって、吼えない…

    ジョージ・パッカー著 『綻びゆくアメリカ  歴史の転換点に生きる人々の物語』 何かがおかしい、こんなはずではなかった、いったいいつからこうなってしまったのか、そう感じているアメリカ人は政治的左右を問わず数多くいることだろう。書は1978年から2012年まで、様々なポートレートを通してアメリカの「歴史の転換点」を描いている。 もちろん78年に決定的なことが起こったというのではない。アメリカに限らずどの国、社会でも影の部分はある。とりわけ第二次世界大戦以降の数十年、アメリカ合衆国は自由と豊かさを享受していたかのようだが、一皮めくれば人種差別をはじめとする不公正がはびこり、また「赤狩り」をはじめパラノイア的被害妄想も社会を確実に蝕んでいた。70年代後半以降というのは、世界が根からひっくり返ったというよりは、ヴェトナム戦争、ウォーターゲート事件などを経て、覆いが剥がれて影の部分がむき出しになっ

    yagitoshiro
    yagitoshiro 2017/10/10
    ティールをはじめとするリバタリアンなるものが所詮はリベラル嫌い、「良識」への逆張りに過ぎない
  • 『最底辺  トルコ人に変身して見た祖国・西ドイツ』 | 荒野に向かって、吼えない…

    ギュンター・ヴァルラフ著 『最底辺  トルコ人に変身して見た祖国・西ドイツ』 「頑丈な体格の外国人、職を求む。重労働、汚れ仕事、低賃金でも可」 1983年3月、ヴァルラフはこのような広告を新聞に出した。 彼は「極薄で黒みがかった色付きのコンタクトレンズ」を専門家に作ってもらい、「客はふつう青い目しか希望しない」と驚かれる。これで「南欧人みたいにするどい目つき」だというお墨付きをもらった。少々心持たなくなっていた頭に黒髪のかつらをつけると、実年齢の43歳ではなく20代後半だと言い張っても通用しそうだ。一番不安だったのは言葉の問題で、「外国なまりのドイツ語」、つまり自然な片言のドイツ語(という言い方も変かもしれないが)がうまく再現できるか自信はなかった。「一度でもこの国に住んでいるトルコ人やギリシア人が話すのに耳を傾ける努力をした者なら、私のことをちょっとおかしい、と気がつかなくてはならないは

    yagitoshiro
    yagitoshiro 2017/08/23
    そしてこういった外国人労働者に涎を垂らしながら食指を伸ばしている人材派遣会社パソナの会長である竹中平蔵
  • 『ダーク・マネー  巧妙に洗脳される米国民』その2 | 荒野に向かって、吼えない…

    ジェイン・メイヤー著 『ダーク・マネー  巧妙に洗脳される米国民』 その1の続き。 ……と、『ダーク・マネー』は読んでいてなんとも気の重くなるでもあるが、書はまたコーク兄弟、リチャード・メロン・スケイフ、ジョン・オリンとブラッドレー兄弟といったエキセントリックなビリオネアの実態を描いたものでもある。クルップ社経営一族にインスパイアされた『地獄に落ちた勇者ども』や新聞王ハーストがモデルの『市民ケーン』、近年では潔癖症の謎の大富豪ハワード・ヒューズを描いた『アビエーター』があり、『フォックスキャッチャー』ではデュポン家の一員が起こした殺人事件の顛末が語られているが、書で描かれるビリオネアたちもそのままこのような作品にしてしまいたくなるような人物たちである。とりわけコーク兄弟についてはポール・トーマス・アンダーソンあたりが『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』や『ザ・マスター』の風味で撮ったらな

    yagitoshiro
    yagitoshiro 2017/08/12
    多くの国で右派が批判的思考を教育する人文学に憎悪を燃やす理由はこれでおわかりだろう
  • 荒野に向かって、吼えない…

    中野耕太郎著 『20世紀アメリカの夢 世紀転換から一九七〇年代』こちらの続き。二〇一六年の大統領選挙でトランプが当選すると、民主党のこの敗戦は労働者を置き去りにしてアイデンティティ・ポリティクスにかまけてきたリベラルのせいだということが盛んに言われたのだが、このような歴史をふまえるとそのような単純な物言いはできなくなる。一九七〇年代までのアメリカは革新主義の影響もあって基的には「大きな政府」路線で...

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    yagitoshiro 2017/08/12
    「われわれが現在七万の中等学校生徒を抱えているという事実は経済的観点からして耐えがたいことである」とし、「これらの生徒は直ちに実務に入れるよう職業訓練校に移るべきだ、と提唱した」
  • 『ダーク・マネー  巧妙に洗脳される米国民』その1 | 荒野に向かって、吼えない…

    ジェイン・メイヤー著 『ダーク・マネー  巧妙に洗脳される米国民』 2009年1月20日、バラク・オバマの大統領就任式の日、首都ワシントンは多幸感と高揚感に包まれていた。同月下旬、カリフォルニア州パームスプリング郊外には大富豪たちが結集していた。この集まりを主催したのはチャールズ・コーク。資産10億ドル以上のビリオネアである。チャールズとデイヴィッドのコーク兄弟はオバマの就任演説を聞いて、彼らの政治顧問のリチャード・フィンクと「アメリカは滅びる道をたどっている」という点で意見が一致した。「オバマの当選が示す進歩主義の潮流を撃退するには、「生涯の戦い」が必要だ」と、フィンクは告げた。 大富豪と貧しい人のどちらの数が多いのか、統計を調べてみるまでもない。では金持ちも貧しい人も平等に一票ずつであるはずの民主主義国家において、大富豪が勝ち続けるのはなぜだろうか。貧しい人になくて大富豪にあるもの、そ

    yagitoshiro
    yagitoshiro 2017/08/06
    「階級戦争はたしかにあるが、戦争を行っているのは、私の階級、つまり富裕層で、勝ちつづけている」
  • 『普通の人びと  ホロコーストと第101警察予備大隊』 | 荒野に向かって、吼えない…

    クリストファー・ブラウニング著 『普通の人びと  ホロコーストと第101警察予備大隊』 「一九四二年七月一三日の夜明け前、ポーランドのビウゴライの町で、第一〇一警察予備大隊の隊員たちは、兵舎として使われていた大きな煉瓦造りの校舎のなかで眠りから覚まされた。彼らは、中年の所帯持ちで、ハンブルク市の労働者階級ないし下層中産階級出身であった。軍務につくには年をとりすぎていたので、代わりに通常警察に召集されたのである」。 「各々の隊員には通常装備を超える弾薬が与えられ、さらに追加の弾薬箱もトラックに積み込まれた。彼らはこれから何が起こるか知らされていなかったけれど、実は最初の重要な戦闘に向かっていたのである」。 隊を率いるのは「トラップ親父」と親しまれていた、五三歳になる職業警官のトラップ少佐だった。ユゼフスの村に着くと、トラップの顔は「青ざめ、落ち着きを失」い、「息苦しそうな声で目に涙を浮かべて

  • 『『諸君!』『正論』の研究  保守言論はどう変容してきたのか』 | 荒野に向かって、吼えない…

  • 『ザ・ピープル  イギリス労働者階級の盛衰』 | 荒野に向かって、吼えない…

    セリーナ・トッド著 『ザ・ピープル  イギリス労働者階級の盛衰』 歴史は勝者によって書かれるという言葉があるが、こう言い換えてもいいだろう。歴史は支配層によって書かれる。エドワード朝についてこう回想する声がある。「すべての人が自分の地位をわきまえ、相応の満足を覚えていた「黄金に輝く午後の長く続いた園遊会」」であったのだと。しかしこれはあくまで「豊かな人たち」の声だ。 書は、自らも労働者階級出身である著者による1910年から2015年までのイギリス労働者階級の歴史である。労働者たちの声について、「政治家や貴族の回想はよろこんで使う歴史家たち」は「ノスタルジア」だと一蹴しがちだ。また「体面のよさを求めてがんばるか、革命を求めて奮闘するという「伝統的」な労働者階級の典型的な物語」に回収しないために様々な声を集め、「幕間」として1961年にサッカーくじで過去最高の金額を当て、「使って使って使いま

    yagitoshiro
    yagitoshiro 2016/12/06
    「しかし「福祉に頼って」いる人たちに向けられる怒りは、しばしば人びとの自分たち自身が置かれた状況への失望によって喚起されるものなのである」
  • 『反逆の神話  カウンターカルチャーはいかにして消費文化になったか』 | 荒野に向かって、吼えない…

    yagitoshiro
    yagitoshiro 2016/11/20
    トランプ当選以降の世界でこれを読むのも感慨深い:
  • 『市民を雇わない国家  日本が公務員の少ない道へと至った道』 | 荒野に向かって、吼えない…

  • 『ナチスの戦争 1918-1949  民族と人種の戦い』 | 荒野に向かって、吼えない…

    リチャード・ベッセル著 『ナチスの戦争 1918-1949  民族と人種の戦い』 『ヒトラーとナチ・ドイツ』(石田勇治著)と並んで、初学者にも手にしやすく、信頼性の高いナチ・ドイツ歴史を扱ったものが新書で手に出来るようになったことを歓迎したい。もちろん、ナチスといえば論点は多岐に渡るので全てを網羅しているとまではいかないが、重要なポイントはかなり押さえられているのではないだろうか。 書の方はヒトラー個人やその内面はそれほど重視していないので、そのあたりに興味のある人はまず石田の方を読んでみるのがいいかもしれない。またナチスについてまったく知識がないという人もまずは石田の方から入ったほうがいいかもしれない。一方、断片的な知識は多少はある程度という人は、書を読むとよく交通整理できることだろう。書を石田のと合わせて読むことで、その歴史やキーとなる概念、出来事の基的な部分を理解することが

    yagitoshiro
    yagitoshiro 2016/02/18
    一方でナチスのイデオロギーを支えていたのは近代への憎悪であったとすることもできる。かつてあった(と思い込んでいる)良き世界、良き価値観が「ユダヤ人」や「共産主義者」の手によって破壊されようとしている、
  • 『ゴーストと旅すれば』 | 荒野に向かって、吼えない…

    ジム・ダッジ著 『ゴーストと旅すれば』 『トマス・ピンチョン』(麻生享志、木原善彦編)にはトマス・ピンチョンによるダッジの『ストーン・ジャンクション』の序文が収録されている。こちらに感想を書いた時にはダッジの作品を未読だったもので、ピンチョンがダッジの作品に序文を書くのは意外なことに思われたのかもしれないなどとしてしまったが、この『ゴーストと旅すれば』を読んでみたらあにはからんや、モロにピンチョン好みの作品であった。 「ぼく」は朝起きたときからひどく体調が悪かった。それでも農場に置いてある薪を取りに行かねばならないし、そのための交渉もしなくてはならない。ドラッグを口にしてなんとか車を出したものの、雨の降りしきる中事故を起こして身動き取れなくなってしまう。びしょ濡れのまま途方に暮れていると、通りかかった男が牽引してくれるばかりか着替えまで貸してくれた。謝礼を払いたくとも「ぼく」は金欠状態、そ

  • 『トマス・ピンチョン』 | 荒野に向かって、吼えない…

    麻生享志+木原善彦編著 『現代作家ガイド7 トマス・ピンチョン』 ピンチョンのエッセイ二編に様々な角度からの論考や情報、そして『ブリーディング・エッジ』までの全作品ガイドが収録されている。書の編者の一人でもある木原善彦の『トマス・ピンチョン』が入手困難となっているので、待望のピンチョン入門書だとしていいだろう。 二編のエッセイはいずれも小説の序文として書かれたものである。バーセルミの未発表作品集のために「『ドン・Bの教え』への序文」を書くというのは、人間関係はともかく作家としての傾向を考えるとそう意外なものではないかもしれないが、ジム・ダッジの作品が「詩的で哲学的雰囲気が漂うが、全体にコミカルで、難解さはない。その作風は初期のジョン・アーヴィングやカート・ヴォネガットに似ている」ことを思うと、『ストーン・ジャンクション』に序文を書くというのはやや意外なことであったのかもしれない。 ピンチ

    yagitoshiro
    yagitoshiro 2014/11/07
    御茶ノ水のジャニスのポップがずっとブリクサ・バーゲルドの悪口になっていたようなものか>裏切られた:
  • 『狂気について』その1 | 荒野に向かって、吼えない…

    渡辺一夫著 大江健三郎・清水徹編 『渡辺一夫評論選 狂気について』 大江健三郎が高校時代に渡辺一夫を読み、渡辺に師事したくて東大仏文科を目指したというのは有名なエピソードであるが、書に収録されている文章を読むと、大江やその同世代の人々がこの「ユマニスト」のどこに魅せられたのかというよくわかる。 書の最後に収録されている1972年に書かれた回想的エッセイ、「老耄回顧」で、渡辺は苦い気持ちであの頃をふり返っている。 「大学二年の時、関東大震災が起った。幸い私の家は焼けないですんだが、人心の荒廃やいわゆる「不逞鮮人事件」や甘粕憲兵大尉の大杉栄虐殺事件などは、私に色々な問題を投げかけた。しかし、いずれも、私を極度に当惑させるだけであり、私に解けるものではなかった。ただ、重苦しいものに、のしかかられているような気がした。足を踏み入れたばかりのフランス文学を、当時辰野先生のお言葉を安易にしか解釈し

  • conscience of a liberal  | 荒野に向かって、吼えない…

    2月1日の朝日新聞の朝刊に「富裕層の被害妄想」というポール・クルーグマンのコラムの翻訳が掲載されている(Paranoia of the Plutocratsの原文はこちら)。 クルーグマンは「不平等の拡大」は「生産性が向上しても賃金が停滞し、負債が増大して金融危機に弱くなる」だけではなく、「健康の悪化や死亡率上昇につながることを示す有力な証拠がある」と始める。クルーグマンはここから話を進め、「1%」の富裕層に対する世論の批判を嘆く億万長者が、これを「ナチスのユダヤ人攻撃になぞらえ」、「水晶の夜」に私たちは向かっているのだとした投書がウォール・ストリート・ジャーナルに掲載されたことにあきれつつ、こういった人間は「それほど異常な存在でもないのだ」としている。このような「被害妄想と誇大妄想を併せもった政治的・経済的見解を抱き、声高に表明」している大富豪は数多くいる。ウォール街の関係者は、オバマが

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    yagitoshiro 2014/02/03
    そういえば最近「格差」についてトンデモな話を読んだので、これを読んで頭を整理し直した:
  • 『ベルリン・オリンピック 1936』その1 | 荒野に向かって、吼えない…

    デイヴィッド・クレイ・ラージ著 『ベルリン・オリンピック 1936』 ナチス政権化で行われた1936年のベルリン・オリンピックから聖火リレーが行われるようになったことは有名なエピソードだ。ではその意味についてはどうだろうか。聖火リレーは「間もなく始まる競技に対する関心を高めるだけのものではなかった。それは、ある理念上の非常に重い荷を負っていた」のである。聖火リレーは「南東および中部ヨーロッパに新生ドイツを宣伝するもの」となり、それは「ナチの生存圏〔レーベンスラウム〕」の提唱者が欲しがっていた地域と重なるものだった」。つまり、「その後のあからさまな侵略を予示するものだったのである」。 ナチスはドイツこそが古代ギリシャの後継者だと位置づける民族主義を煽った。「オリンピックの聖火は現代ドイツ国家の純粋さを予示する古代の「純粋さの象徴」だった」とあるように、オリンピックはナチスにとって絶好のプロパ

    yagitoshiro
    yagitoshiro 2014/01/26
    また後に「ナチがユダヤ人をゲットーに入れ、強制移住し、殲滅する際に利用したカタログ作成技術を提供」することになるIBMの社長トマス・ワトソンもベルリンを訪れ、「ヒトラーを賛美し」た
  • 『女ことばと日本語』 | 荒野に向かって、吼えない…

    中村桃子著 『女ことばと日語』 「~てよ」「~だわ」といったいわゆる「女ことば」がいかに成立し、また現在に至るまで残り続けているのはなぜなのかが扱われている。 明治十二、三年ごろから女子学生の一部が「てよ・だわ・のよ」といった言葉を使い始めていたようだ。しかし、だからといってこれによって一挙に広まったわけではない。「むしろ、「てよだわ言葉」を女子学生の表象にしたのは、言文一致小説の書き手です。作家たちは、女子学生の登場人物に繰り返し使わせることで「てよだわ言葉」を女子学生の表象に作り上げていったのです」という状況があった(p.108)。 「女子学生が「てよだわ言葉」だけをいつも使っていたわけではないように、実際の言葉づかいはどの集団でも多様だったでしょう。むしろ、小説が、特定の集団に特定の言葉づかいを割り当てるという行為が、その集団と言葉づかいを結びつけていったと考えられます」(pp.1

    yagitoshiro
    yagitoshiro 2013/11/11
    こないだかみさんが観てたドラマでは語尾が「だわ」とか平気で使われてたよ。脚本は大石静:
  • 『近代日本の国家構想』 | 荒野に向かって、吼えない…

    坂野潤治著 『近代日の国家構想』 書が文庫化されたのは2009年、「岩波現代文庫版あとがき」にはこんなことが書かれている。 二大政党制の下での社会的経済的不平等の是正(今日の言葉で言えば「格差是正」)に政党として気で取り組んだのは、昭和初年の民政党左派であった。彼らはかつてイギリスの自由党が「無産階級の為に」努力したことを模範にして、自由主義の大政党たる民政党は労働組合法や小作法の制定につとめるべきだと主張した(第四章第一節)。 「前途多難」という留保をつけながらも、一三年前の書が岩波現代文庫に収録されようとしている二〇〇九年の日では、明治の福沢諭吉、大正の吉野作造、昭和の立憲民政党左派らがめざしたものが、実現の入口にさしかかっている。総選挙が書刊行の前になるのか後になるのかは分らないが、今回の選挙を機に二大政党制は日政治の慣行となっていくことは間違いないと思われる。 明治の

  • 再配分と「倫理」、そして民主党の崩壊について その1 | 荒野に向かって、吼えない…

    yagitoshiro
    yagitoshiro 2012/12/03
    そして日本では生活保護バッシングと在日韓国・朝鮮人へのヘイト・スピーチが結びあっている