清張がモデルにした現実の事件とは? 清張作品には、実在の事件に取材したものが多い。銀行の女性行員が預金を横領したところから始まる『黒革の手帖』も、現実の事件をそっくりなぞってこそいないものの、モデルにしたであろう事件はいくつか思い浮かぶ。じつは作中にも、それらしき事件が出てくる。 《女性行員による預金横領事件はそれほど稀有というわけではない。数年前に起った或る地方銀行の横領事件もやはり永年勤務する預金係の女子行員で、その金額が九億円にも達していたことで世間をおどろかしたが、これも架空名義の預金を解約ということにし、出金伝票を切っては引き出していたのだった。土地成金の農家は税金逃れに腐心し、税務署を虎のように怖れて、架空名義や無記名預金へ逃げこむ》 このくだりはおそらく、同作発表の7年前、1973年に発覚した、関西のある地方銀行の京都府内の支店での女性行員による横領事件を念頭に置いて書かれた