2014-11-18 「無知」が日本人のモラルを保っていたのではないか仮説 江戸時代、明確な教育機関といえば武士が教養を学ぶ「藩校」しかなかった。 広い日本の中には、コモンズから画像を引用した三春小学校のように藩校の跡地がそのまま公立学校になっている場所もあるという。しかし、武士は日本人全体のごく一部だったため、教養教育が隅々まで行きわたることはなかった。 国民の大半に開かれた教育の場として「寺子屋」が存在したが、寺子屋は民間が自発的に作ったものだった。いまの文科省の認証する学校法人のような明確な教育機関ではなく、義務教育ではない。そのため、教育機関に全く通わず、文字が読めなかったり教養がないまま大人になった日本人はたくさんいただろう。 西洋では、古代の時代から知識を交わしあう歴史があった。プラトンの対話篇は代表例だろう。新たな主張と反駁を繰り返すことで社会はどんどんと洗練されていき、やが
「2.5%だってさ」 居酒屋で鍋をつついていた。大手メーカーで企画開発をしている彼は、どこか投げやりな口調だった。 「何が?」 「イノベーターと呼ばれる人の割合だよ」 「ああ、『イノベーター理論』の」 マーケティング理論の1つだ。新製品を世に出すと、まずは「新しいもの好き」な消費者が飛びつく。彼らを〈イノベーター〉と呼び、全消費者の2.5%だと言われている。 「だけど、これって多すぎると思わないか」彼はビールジョッキを置いた。「たとえば潜在的に100万人の需要が見込める市場に向けた製品なら、最低でも2万5000人は買うことになるだろ」 「単価4,000円の製品なら、それだけで1億円の売上だよね」 「どう考えても楽観的すぎる。モノを作って、定常的なプロモーションをするだけで、そんなにたくさんの消費者が飛びつくなんて……今の日本ではありえないよ」 わずか10年前と比べても、モノを売りづらくなっ
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く