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ブックマーク / readingmonkey.blog.fc2.com (2)

  • オープンソースソフトウェアで、一生使える「自前」の環境を

    「高いライセンスを払ってデータベースを使わせたりSPSSを使わせたりMathematicaを使わせたりするのは大学までだ。それはあなたが高い学費を払っていたからだ。その先は、どこに所属しても、数年後は違う場所で働いているかもしれない」 「だから環境は自前で維持しなさい。そのためにソフトはオープンソースのものを使って、その使い方を学ぶことに時間を投資しなさい」 オープンソースソフトウェアで、 一生使える「自前」の環境を 自立とは、一人で立つことではない。 自立が、隷属の反対なのだとしたら、それはぶっちゃけマイクロソフトにだけ依存するのではなく、できるだけ多くの、匿名に近いほど無数の、人々に依存することで獲得される。 「自前」の環境は、あなた一人で作り上げることはできないだろうし、その必要も無い。 世界には、あなたの助けになりそうなものが、すでにたくさん存在するのだ。 しかし、あなたが「いろん

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  • 論理学は思考の「高地」トレーニング」である/ロジック・アズ・ブロックバスター

    論理学の良いところは、トレーニングの効果が絶大なところだ。 たとえれば、論理学は一種の「高地」トレーニングなので苦しいが、これによって思考の「心肺機能」がアップする。 思考が「息切れ」しにくくなる。そして「登坂力」が増す。 微細な違いに気付く力や、筋が混み入った話への感受性も高まる。 学術書の類や、日語とは思えない悪文を読むのに、きつい坂道を上るような苦しさを感じている人は、最もその効果を実感できるだろう。 しかし論理学を学ぶ人はあまり多くない。 独習は不可能ではない。 というより、自分で問題を解かないことにはどうにもならないので、習うにしろ、自分一人で取り組まなくてはならない時間が多い。 科学哲学者の内井惣七氏は、論理学の学習について、次のように言っている。 ・問題を山のように解かないと、論理学が身に付くはずがない。ぼーっと、を眺めてマスターできるのは、フォン・ノイマンみたいな悪魔だ

    論理学は思考の「高地」トレーニング」である/ロジック・アズ・ブロックバスター
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