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internetと社会に関するyukio2005のブックマーク (2)

  • 個人の狂気を見い出すフィルタリングシステム:佐々木俊尚 ジャーナリストの視点

    映画は風景を描く 世界を代表する三つの国の映画産業――アメリカ映画とフランス映画、そして日映画の違いって何だろうか? そういう問題提起がある。 観点はさまざまにあるから単純化しすぎるのは危険かもしれないが、こういうひとつの切り口がある。「アメリカ映画は物語を描き、フランス映画は人間関係を描き、日映画は風景を描く」。ハリウッド映画は完璧なプロットの世界で、物語という構造を徹底的に鍛え抜いて作り上げ、導入部からラストシーンまで破綻なく一道を走り抜けられるように構成されている。 フランス映画の中心的なテーマは、関係性だ。夫婦、父と子、男と愛人、友人。そこに生まれる愛惜と憎悪をともに描くことによって、人間社会の重層性を浮かび上がらせる。 日映画は、風景を描く。自然の風景という意味ではない。目の前に起きているさまざまな社会問題や人間関係の葛藤、他人の苦しみ、さらには自分の痛み。われわれに

    個人の狂気を見い出すフィルタリングシステム:佐々木俊尚 ジャーナリストの視点
    yukio2005
    yukio2005 2009/06/10
    「日本社会+日本社会独自のソーシャルメディア」の結実になるだけの話であって、それが「アメリカ型のソーシャルメディア」にイコールになるわけがない
  • キャズムの向こう側 - アンカテ(Uncategorizable Blog)

    グールドという人のだったと思うけど、地球を代表する生命は、いかなる意味でも人類ではなくバクテリアだという話が書いてあった。個体数でも生息範囲でも種の豊富さでも、どういう基準で代表を選んでも、人類はおろか多細胞生物を選ぶことはできないという話だった。 しかし、単細胞生物には多細胞生物を認識することはできない。単細胞生物が多細胞生物を見ても、見えてくるのは、おそらく、ひとつひとつの細胞だけだ。「細胞の中身は多少違うけど、俺たちと同じ細胞には違いない」と思うだろう。単細胞生物には細胞同士の相互作用は見えず、細胞の中身の違いしか、自分たちと我々の違いを認識できないだろう。 犬のしつけのを読むと必ず「飼い主が犬の上位にあるように犬に認識させなさい」と書いてある。犬には、群れの中での上下関係に基いて行動する能があって、甘やかされて自分が上位であると思わされてしまうと、リーダーとして行動する能が

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