1990年シャープが製造・販売したスーパーファミコン内蔵テレビ「SF1」。 テレビにゲーム機を埋め込んだこの商品は当時の人たちの目にどう映ったのか。 大ヒット商品か、はたまた世紀の駄作か?スーファミ内蔵テレビ「SF1」にせまる! ・目の付け所がシャープ!?テレビにゲーム機を埋め込むというチャレンジ! ・持ってる子供は学校のヒーロー!「SF1」の評価とは!? ・仲良しだけじゃない!シャープと任天堂の関係! 👇チャンネル登録はこちらからどうぞ!! https://www.youtube.com/channel/UCntgLA4arExucqqOUt3xwkQ?sub_confirmation=1 その昔、彼らは「俺たちのヒーロー」だった…。 圧倒的な人気を誇り、ブームを生み出した「もの」や「サービス」たち。 彼らの繁栄から衰退…そして現在の状況までを本人を招いて解説していきます。
» 【今なら買える】初回分が一瞬で完売「ゲオ限定のレトロファミコン」が良すぎる / 118種類のオリジナルゲーム内蔵&ファミカセまで楽しめて2178円! 特集 【今なら買える】初回分が一瞬で完売「ゲオ限定のレトロファミコン」が良すぎる / 118種類のオリジナルゲーム内蔵&ファミカセまで楽しめて2178円! 砂子間正貫 2024年3月23日 ゲオで「118種類のゲームを内蔵したFC互換ゲーム機」とやらが売っていた。118種類のオリジナルゲームが楽しめるうえにファミコンカセットも挿して遊べるらしい。なんだか良さげである。 調べたところ、ゲオ限定のレトロファミコンとのこと。価格は2178円で、初回在庫の3000台がソッコーで完売したという。たまたま見かけたのはラッキーかも……ってことで、買って実際に遊んでみた。 ・ゲオ限定のレトロゲームコンピューター どうやら今レトロゲームが “キテる” らし
ザナック単語 188件 ザナック 3.0千文字の記事 4 0pt ほめる 掲示板へ 記事編集 概要ゲームとしての評価難易度についてバックストーリーピコカキコ関連動画関連項目脚注掲示板ザナックとはコンパイルが1986年に開発し、ポニカが発売した縦スクロールシューティングゲーム(STG)である。 概要 ザナックは、当初はMSXでシューティングゲームとして発売された。 発売当初は話題にならなかったものの、8面の豪華さ、0面の存在などが明らかになり、次第に人気を博していき、その後にはディスクシステム(FDS)でもザナックが発売された。(このディスクシステム版が一般的に知られているザナックである) ディスクシステム版はMSX版をベースに、「サブウェポンのパワーアップ」「ワープ」「AI式自動難易度調整」などの要素が追加されている。またOPの高速サウンドに代表される、ノリのいいBGMがウリとして取り上げ
ファミコンのゲームカセットには、珍しい形状をしたものや、特徴的なギミックを備えたものも存在しました。そんな個性派のなかから、思わずコレクションしたくなるような印象的なカセットを振り返ります。 ファミコン世代の人なら、ゲームカセットの形状にはさまざまな種類があったことを覚えているでしょう。メーカーごとに独特の形状をしていたり、一部のタイトルにのみ特殊なギミックが備わっていたりと、地味に主張が感じられる部分でした。 そこで今回は、思わずコレクションしたくなるような、個性的な形状をしたファミコンカセットを振り返ります。 最初に取り上げたいのは、アイレムが一部タイトルに採用していた発光ダイオード(LED)つきのカセットです。一番有名なのは『スペランカー』で、『ジッピーレース』や『10ヤードファイト』といった初期の頃のアイレムのカセットには、発光ダイオードがついていました。 カセットの中央上部に丸い
赤白ファミコンの“カセットのグラつき”を防ぐ「かせっとさぽーと君」が発売 2023.11.06 10:53 更新 2023.11.06 取材 振動によるフリーズなど、意図しないトラブルを防ぐサポート治具 赤白ファミコンのスロット周囲に装着するサポート治具「かせっとさぽーと君」が家電のケンちゃんに入荷。BAKUTEN工房による同人ハードウェアで、税込1,780円で販売されている。カラーバリエーションは“赤”と“黒”の2色展開。 カセットが抜き挿ししやすいように大きめに作られている、赤白ファミコンのスロット周囲の空間を埋めるためのサポート治具。ちょっとした振動で画面がフリーズしたりデータが消えたり、といった“ファミコンあるある”なトラブルを回避することができる。 スロット周囲の形状に合わせて成形されており、ピッタリはめ込むことが可能。治具を装着した状態でカセットを接続することで、グラつきや衝撃
アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』(Amazon Prime Video) 1995年はPC業界にとって特別な年となった 1995年11月22日、秋葉原は異様な熱気に包まれていた。 当時の秋葉原電気街では、多くの店舗が18時から19時にかけての早い時間帯に閉店し、夜遅くまで営業している食堂や居酒屋も皆無ではないにせよ少なかったので(注:電気街口側の話です)、20時を過ぎるころには人通りがあまり見られなくなるものだった。 だが、その日は違った。 日が暮れてからも客足がまったく途切れず、ふだんであれば各店舗が閉店する時間帯からむしろ路上を行き交う人間の数が増え始め、ついには車道に溢れかえるほどに人並みが膨れ上がり、警察が車両を出して自動車の通行を規制する騒ぎとなった。 そうした中、ソフマップ秋葉原1号店やT-ZONEミナミなどの中央通り沿いの大型店舗や、“ザ・コン”
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く