一握の砂・悲しき玩具は石川啄木による歌集である。有名な歌に 頬につたふなみだのごはす一握の砂を示しし人を忘れず なとがあるが今回はその中で個人的に好きな歌を紹介しようと思う すこやかに、背丈のびゆく子を見つつ、われの日毎にさびしきは何ぞ石川死ぬまであと数年という時に読んだ歌である さびしきは何ぞと読む側に問わせてはいるが その答えは本人にしかわからないだろう 私は別に妻も子供もいないがなんとなくこの気持ちがわかる… ある日、ふと、やまひを忘れ、牛の啼く真似をしてみぬ、__妻子の留守に、 もう妻も結核のことなんか知っているのだから 留守にやらんでもとは思うが、そこが石川の不器用なとこではある。しかし、この歌には季語などは無いが、どうしてか冬を連想してしまうのは 何故なんだろう。短歌マジック…? ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく拙者、訛でふるさとを懐かしむ描写大好き侍 そ