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350冊もあった小菅刑務所内の橘孝三郎文庫 - 神保町系オタオタ日記
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350冊もあった小菅刑務所内の橘孝三郎文庫 - 神保町系オタオタ日記
河上肇の『獄中日記』を読んでたら、同じ小菅刑務所に入っていた橘孝三郎が出てきた。 (昭和十一年) 十... 河上肇の『獄中日記』を読んでたら、同じ小菅刑務所に入っていた橘孝三郎が出てきた。 (昭和十一年) 十一月一日(日) (略)四十五房の橘孝三郎氏(略)同氏の室には図書が天井へ届くほど三、四列に積み上げてあり、身辺の小卓には大きな外国語の辞書が載せられたりしてゐる。凡そ三百五十冊位は這入つてゐるだらうとの話。「日本の百姓はほんとに可哀さうですからね。私は百姓のために是非書きますよ。百姓のために書かずには居られないのだ。」かういふのが同氏の談片だとのこと。その心事に私は多大の同情と敬意を有つ。しかし偉大なる頭脳の持主カール・マルクスが蔵書の極めて豊富な英国博物館で長い間勉強した成果を全く顧みないで、こんな不自由な所でーーたとひ何百冊の本を身辺に置くにしろーー独自の考を繰り出さう[と]してゐると云ふことは、一つの悲劇的なドンキホーテたるを免れない。 刑務所で何百冊もの本に囲まれた囚人というのは、戦