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安保闘争 過剰な「連帯感」は民主主義なのか
最近の尖閣をめぐる問題だけではない。たとえば民主党政権時代、天皇陛下の謝罪を要求し、野田佳彦首相... 最近の尖閣をめぐる問題だけではない。たとえば民主党政権時代、天皇陛下の謝罪を要求し、野田佳彦首相の「遺憾の意」を書いた親書をはねつけた当時の韓国大統領、李明博氏は、最後は竹島への上陸を断行し国威発揚につとめた。政権は朴槿恵氏に移ったが、きしみの現状は増す一方で、解消する兆しさえない。中国が防空識別圏の拡張を宣言し、韓国がこれに対抗策をうちだすなど、昨年来、東シナ海をめぐる情勢は風雲急を告げている。 もちろん、国内に抱える矛盾を他国批判でガス抜きするとは、しばしば言われる「原因」である。人びとの不満のはけ口に、他国批判は恰好の材料となろう。だがそれだけならば、これまでにもよくあったことではないか。いまの東アジアをめぐる緊張には、何か根本的で文明的な、より「巨大な原因」があるのではないか――私はそう考えている。たとえばその一例が、東シナ海と南シナ海で相次ぐアジア諸国の緊張だ。急激に大国化する中