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ぶらソフィア
プルーストの『失われた時を求めて』ではないが、ある草稿を書いている途中で、ジェラール・ジュネット... プルーストの『失われた時を求めて』ではないが、ある草稿を書いている途中で、ジェラール・ジュネット『物語のディスクール──方法論的考察』(花輪光・和泉涼一訳、水声社、2014年)に遭遇した。訳者は大学時代の私の恩師と友人(同期生)。 私は学部2年までフランス文学科にいた。その時の恩師が花輪先生。気づいたときには亡くなられていた。花輪先生のセミナー(たしかロラン・バルトを取り上げられておられていた)の期末レポートとして私が提出した文章を目にされ、ニコニコしながら、君は哲学の方が向いているかもしれないね、と言っていただいたことを記憶している。 私は当時、文学作品論のよい学習者ではなかった。それがまわりまわって、作品論(物語論)に戻ってきた。「猿の惑星」のようなエンデイング(?)だろうか。映画では、荒廃したNYが戻った先だったが、私の場合、なつかしの故郷「花輪研究室」。突然出て行った「放蕩息子」が