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ソ連=ペプシ、ロシア=コカ・コーラ ロシア人のコーラの思い出
1959年、アメリカのリチャード・ニクソン副大統領の紹介でペプシ社はソビエトのニキータ・フルシチョフ... 1959年、アメリカのリチャード・ニクソン副大統領の紹介でペプシ社はソビエトのニキータ・フルシチョフ書記長にコーラを飲ませることに成功します。 その縁があり、1970年代にペプシコーラはソビエトと20年間の独占契約を結び、1974年には南ロシアのノヴォロシースキィでペプシの工場が操業を開始。そのことから長らくロシアではコーラ=ペプシとなっていました。 ソ連崩壊後、国内で流通していたペプシコーラを旧体制を象徴する飲料、コカ・コーラを西側の自由な気風を象徴する飲料と捉えます。それによりコカ・コーラは旧ソ連圏内でのシェアでペプシコーラを上回り、両者の立場は逆転しました。 参考:Wikipedia アレクセイ・コスイギン ペプシコーラ ソビエト連邦の食事情 より 以上がソ連、ロシアにおけるコーラの簡単な歴史です。 今回は初めてコーラを飲んだ時の思い出の記事を紹介します。 以下翻訳です。 コーラの味
2014/05/17 リンク