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電球製造の職人技を転用し、「引き算の美」を追求しました -松徳硝子 うすはりグラス
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電球製造の職人技を転用し、「引き算の美」を追求しました -松徳硝子 うすはりグラス
松徳硝子は、1922(大正11)年に電球用ガラスの町工場としてスタート。いわゆる電球の「バルブ」部分を... 松徳硝子は、1922(大正11)年に電球用ガラスの町工場としてスタート。いわゆる電球の「バルブ」部分を職人たちの手により一つひとつ作っていました。しかし、電球製造にもオートメーション化の波が押し寄せ、この分野での職人技術は撤退を余儀なくされた。ガラスで製造できるものは限られていたので、50年代前半には食器製造に移行することになりました。 最初は問屋さんの下請けが専門でした。なかでも、それまでの電球製造で職人たちが培ってきた「ガラスを薄く均一にする技術」により作った薄いグラスが好評で、多くの注文をいただきました。そうして、グラス全体の薄さを均一にするノウハウを蓄積していくなかで、現場の「こんなグラスで酒を飲みたい」という想いも強まっていき、89年に当社のオリジナル商品として誕生したのが「うすはり」だったというわけです。 うすはりシリーズでは、一貫して「引き算の美」を追求しています。余計なもの