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イエイツの『記憶術』を読む #9
第十二章 ブルーノ記憶術とラムス記憶術の衝突 さて、前回はジョルダーノ・ブルーノが1583年に出した通... 第十二章 ブルーノ記憶術とラムス記憶術の衝突 さて、前回はジョルダーノ・ブルーノが1583年に出した通称『秘印』という作品についての話で終わりました。繰り返しになりますけれど、イギリス(エリザベス朝時代)で出版されたこの本はあまりにオカルトじみていたせいか、受け入れられませんでした。一部のサークルでは「こりゃ、すごい」と言われたんだけれど、まぁ、メジャーだったのがプロテスタントだったもんで仕方なかった。しかし、その一年後の1584年のイギリスでは、熱烈なブルーノ信奉者とラムス主義者のあいだで論争がおこっていました。ラムス主義については第十章で触れてます。忘れている方はそちらを確認、ということで。第十二章は、アリグザンダー・ディクソン(ブルーノ派)VSウィリアム・パーキンズ(ラムス派)によるこの記憶術論争の模様を追っています。 イエイツの見立てによれば、この論争は「俺のほうがすごい。俺のほう