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哲学者としてのダ・ヴィンチ?彼は"人間"をどう語るか
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哲学者としてのダ・ヴィンチ?彼は"人間"をどう語るか
前回は、レオナルド・ダ・ヴィンチの生い立ちに始まり、天才も人知れず苦悩や葛藤を抱えながらも、逆境... 前回は、レオナルド・ダ・ヴィンチの生い立ちに始まり、天才も人知れず苦悩や葛藤を抱えながらも、逆境に立ち向かうことで成功を収めた、というお話を紹介しました。 ダ・ヴィンチといえば万能の天才、万能の天才といえばダ・ヴィンチというほど、あらゆる可能性を追求した自由人がレオナルド・ダ・ヴィンチでしたが、晩年、フランス王は、以下のように評価したと伝えられています。 レオナルドについて、王自身の口から私に話された言葉を繰り返さねばならぬ。王は、レオナルド程多くのことを知っている者はこの世に現れたことはない、また彫刻、絵画、建築だけでなく、その上彼は偉大な哲学者だった、と確信された。 (『レオナルド・ダ・ヴィンチ』田中英道,1992) 哲学者としてのダ・ヴィンチ レオナルド・ダ・ヴィンチと聞くと、『モナリザ』を描いた画家としての印象が強いと思います。しかし実際本人に接してみると、芸術家を超えて、とてつも

