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戦争「八月の風物詩」で良いのか...風化させない「あの戦争は何だったのか」
戦後81年を迎えたいま、私たちは「あの戦争」をどう位置付けるべきなのでしょうか。 他国は「あの戦争」... 戦後81年を迎えたいま、私たちは「あの戦争」をどう位置付けるべきなのでしょうか。 他国は「あの戦争」の日本をどう見るのか。なぜ日本には「国立近現代史博物館」が存在しないのか。私たちは「あの戦争」をどう語ればよいのか—―。 『「あの戦争」は何だったのか』(講談社現代新書)著者の歴史家・辻田真佐憲さんが、戦争を「われわれのもの」として捉えるために、これまでの「語り」を見つめ直します。 (※本記事は、辻田真佐憲『「あの戦争」は何だったのか』の一部を抜粋・編集しています) 歴史記憶の「風化」と「上書き」さて、ここであらためて最初の問いに立ち返ってみよう。すなわち、米国など他国の事例を参照しながら、日本において長らく欠落してきた、あるいは左右で分裂してきた「国民の物語」がもし樹立・統合されたとすれば、あの戦争は「終わる」のだろうか。 歴史とはつねに現在からの解釈である。過去のできごとをどのように位置


2026/08/15 リンク