エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
沖縄祖国復帰50年 本土の「捨て石」は正確ではない|和田政宗 | Hanadaプラス
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
沖縄祖国復帰50年 本土の「捨て石」は正確ではない|和田政宗 | Hanadaプラス
令和4年5月15日、沖縄の祖国復帰50年を迎えた。苛烈な沖縄戦の後、米国の占領が続き、沖縄が返還された... 令和4年5月15日、沖縄の祖国復帰50年を迎えた。苛烈な沖縄戦の後、米国の占領が続き、沖縄が返還されたのは戦後27年が経った昭和47年だった。沖縄戦では米軍の無差別攻撃によって、軍民約19万人が亡くなった。米軍は、「鉄の暴風」と呼ばれた空襲や艦砲射撃を3か月にわたって行い、その後の上陸戦はより悲惨なものとなった。 県民は9万4千人が死亡したとされ、軍においては、沖縄県出身軍人軍属の死者が2万8228人、他都道府県出身兵の死者が6万5908人であった。 沖縄戦について、「沖縄は本土の捨て石にされた」という論がある。多数の県民が亡くなる悲惨な戦いであり、このような犠牲を出す戦いは二度とすべきではないが、国を挙げて沖縄を守ろうとしたことは、沖縄県以外の軍人の死者数が6万5千人を超えることからも明らかであり、「捨て石」論は正確ではない。 糸満市の平和祈念公園には、沖縄戦の写真や遺品などを展示した平

