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「カネで“独島”を売り渡した男」と韓国で猛批判された金鐘泌死去。竹島問題解決がさらに遠のく « ハーバー・ビジネス・オンライン
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「カネで“独島”を売り渡した男」と韓国で猛批判された金鐘泌死去。竹島問題解決がさらに遠のく « ハーバー・ビジネス・オンライン
「爆破してでも独島は絶対日本には渡さない」 これは2018年6月23日享年92歳で死去した韓国政界の重鎮で... 「爆破してでも独島は絶対日本には渡さない」 これは2018年6月23日享年92歳で死去した韓国政界の重鎮で元首相の金鐘泌(キム・ジョンピル)の言葉である。 金鐘泌は35歳だった1961年、5.16軍事クーデターを朴正煕(パク・チョンヒ)とともに主導し、朴正煕政権誕生の立役者となった。以降、初代中央情報部長(KCIA部長)、国務総理(首相)など要職を歴任した。また金泳三・金大中とともに韓国政治史上に「三金時代」といわれる時代を築いた。 一度も大統領にはならず、「永遠のナンバー2」と呼ばれ、内外両面で大きく揺れた1960年代から1980年代の韓国政界において、重鎮として陰に陽にその手腕を発揮した。 その韓国政界の重鎮の訃報が届いたあとから、韓国メディアでは「竹島密約」という言葉が話題に上っている。 韓国は1952年1月、「海洋主権宣言」を発布し、広大な水域への漁業管轄権を主張する「李承晩ライン

