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ソ連の北海道占領計画〝日本分断〟防いだ英断
69回目の終戦の日が過ぎた。終戦直後である69年前のちょうどこの時期、千島列島の北端で、日本軍と... 69回目の終戦の日が過ぎた。終戦直後である69年前のちょうどこの時期、千島列島の北端で、日本軍とソ連軍との間で戦闘が繰り広げられていたことをご存じだろうか。 先の大戦末期の1945(昭和20)年2月4日から11日まで、クリミヤ半島のヤルタで米国大統領のルーズベルト、英国首相のチャーチル、ソ連首相のスターリンによる3カ国首脳会談が開かれた。会談でルーズベルトは、ソ連による千島列島と南樺太の領有を認めることを条件として、スターリンに日ソ中立条約を破棄しての対日参戦を促した。これが「ヤルタ密約」といわれるものだ。 ヤルタ会談に臨む英国首相のチャーチルと米国大統領のルーズベルト、ソ連首相のスターリン(前列左から、米国立公文書館) ヤルタ会談の2カ月後、ルーズベルトは急死。副大統領から昇格したトルーマンは終戦工作を進め、日本はソ連参戦と広島、長崎への原爆投下を経てポツダム宣言を受諾する。そのトルーマ




2021/04/11 リンク