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日本人初の冬季パラリンピアン 孤独な挑戦、知られざる足跡とは? | 毎日新聞
ここに角が丸くなり、色あせた1冊の本がある。表題は「日本身体障害者スキー協会20年記念誌」。発行から... ここに角が丸くなり、色あせた1冊の本がある。表題は「日本身体障害者スキー協会20年記念誌」。発行から約30年がたった本には協会の歩みとともに、1976年にスウェーデン・エーンヒェルツビークで開かれた障害者スキーの国際大会に出た男性の寄稿が掲載されている。 <アルペンはヨーロッパが盛んであり、クロスカントリーは北欧が主体であり、さすが、先進国のスキーの歴史の古さを感じたものでした> この大会は、後に第1回冬季パラリンピックと呼ばれるようになる。16カ国から198人の選手が出場した。 日本の選手団は不参加だったが、日本パラリンピック委員会(JPC)のホームページには「長野県・男性が個人参加」と記されている。 男性の名は深沢定実さん。日本人で最初の冬季パラリンピアンになるのだが、その足跡はあまり知られていない。 今から50年前、一人の障害者スキーヤーを孤独な挑戦へと駆り立てたものは何だったのか。



2026/03/04 リンク