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財政難の事業を救った「鬼平の相場センス」
長谷川平蔵が火付盗賊改(ひつけとうぞくあらため)の職に就いていたとき、幕府の首席老中は松平定信だ... 長谷川平蔵が火付盗賊改(ひつけとうぞくあらため)の職に就いていたとき、幕府の首席老中は松平定信だった。その定信が無宿人収容の必要性から「無宿収容施設開設提案」を幕府内で募り、平蔵が企画案を提出した。 そのとき定信は、自叙伝『宇下人言(うげのひとこと)』で「ここによつて志ある人に尋ねしに、盗賊改をつとめし長谷川何(なに)がしこころみんといふ」と書いている。 注目したいのは「長谷川何がし」。 定信は、平蔵の企画案を読んでいるのだ。「長谷川平蔵」の名を知らないはずがない。 なぜ「何がし」なのか。 それだけではない。 定信は『宇下人言』のなかで、こんな内容のことを書いている。 「いずれにせよ長谷川の功績というわけだが、この人、功利をむさぼる山師(やまし)という面もあって、世間の評判も良くない」 平蔵の企画案は認めていても、人間としての平蔵は信用していなかったというわけだ。 「功利をむさぼる山師」と