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「史上最年少の日本人研修医」でも劣等生扱い…ハーバード大准教授が語る「私がアメリカで生き残れた理由」 派手にみえる世界も「コツコツ」で成り立っている
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「史上最年少の日本人研修医」でも劣等生扱い…ハーバード大准教授が語る「私がアメリカで生き残れた理由」 派手にみえる世界も「コツコツ」で成り立っている
高校までは、リベラルな校風の学校に通っていたので、自分の個性を認めてもらえるような環境でした。で... 高校までは、リベラルな校風の学校に通っていたので、自分の個性を認めてもらえるような環境でした。ですが、受験勉強をし、大学の医学部に入るとガラリと変わります。 私が通っていた北海道大学の医学部は、当時は1学年100人中、女子は15人でした。男子学生ばかりの中、飲み会では、風俗に行った話や、ほかの大学の女子大生との話が「武勇伝」のように話される。そこで求められる女性像もまさに、日本社会が求める「わきまえた」ものでした。 フェミニズムとの出会いは「失恋」がきっかけだった 頭の中では「そんなのはおかしい」と反発していました。私はリーダーシップを取ったり、意見をはっきり言ったり、能力を示したりしたい。ですが一方で、大学生だし、恋愛がしたい、彼氏がほしい、男の子に魅力的と思われたいとも思っていたんです。特に恋愛関係になると、無意識に「理想の女性」に自分を合わせようとしてしまいました。 そうして結んだ恋

