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今も飛びっぱなし【沢田研二の新時代】は70年代との決別から始まった!
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今も飛びっぱなし【沢田研二の新時代】は70年代との決別から始まった!
80年代の幕開け、ギンギラなコスチュームにパラシュートを背負って登場した沢田研二 「お願い、パラシュ... 80年代の幕開け、ギンギラなコスチュームにパラシュートを背負って登場した沢田研二 「お願い、パラシュートだけはやめさせて!」 1980年の年明け早々、ジュリーファンから、そんな悲痛な手紙を何通ももらったと井上堯之は言う。ジュリーが一度こうと決めたら信念を曲げない男なのは、ファンはみんな知っている。だからこそ、GS〜PYG以来の盟友であり、バックバンドを率いてきた井上に「やめるように言って」と頼んできたのだ。 沢田研二は1980年1月1日に通算29枚目のシングル「TOKIO」をリリース。TVには電飾の付いたギンギラなコスチュームにパラシュートを背負って登場し、世間を驚愕させた。衣裳というよりもはや大道具、いや、セットと言ってもいい。当時、私は中1だったけれども、初めて観たときはマジで腰が抜けるぐらいビックラこいた(盛ってません)。「ジュリーはいったい、どこへ着地しようとしてるんだ?」と思った

