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伊東順子 「北朝鮮帰国者」の記憶を記録する会・編『証言・北朝鮮帰国者 祖国に渡った「在日」はどう生きたか』(集英社新書)を伊東順子さんが読む
「北朝鮮帰国者」の記憶を記録する会 編『証言・北朝鮮帰国者 祖国に渡った「在日」はどう生きたか』(... 「北朝鮮帰国者」の記憶を記録する会 編『証言・北朝鮮帰国者 祖国に渡った「在日」はどう生きたか』(集英社新書)を伊東順子さんが読む 1945年の日本の敗戦時、日本国内には約200万人の朝鮮半島出身者がいた。うち140万人余りは1年以内に故郷に引き揚げたが、残りの人々は家族の生活を守りながら帰国のタイミングを見計らっていた。ところが祖国は米ソによって分断され、ついに朝鮮戦争が勃発する。その渦中に日本政府は旧植民地出身者の日本国籍を一方的に剝奪。「無国籍状態」となった人々は、ひどい差別と貧困に苦しむことになる。 「このまま日本にいても未来が見えない」 そこに手を差し伸べたのが北朝鮮だった。 「医療も教育も無料の社会主義祖国へ」 1959年から日朝赤十字による帰国事業がスタート。総勢9万3340もの人々が希望を胸に日本を旅立った。その中には日本人妻や夫もいたが、あろうことか皆そのまま北朝鮮という




2026/05/21 リンク