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車両増やさず増発したい…“苦肉の作戦”で10%利用増! 「ジリ貧」の国鉄が始めた広島発の起死回生策(1/2 ページ) | 乗りものニュース
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車両増やさず増発したい…“苦肉の作戦”で10%利用増! 「ジリ貧」の国鉄が始めた広島発の起死回生策(1/2 ページ) | 乗りものニュース
国鉄末期、地方都市圏の鉄道は長距離列車や貨物列車が優先され、不便なままでした。この状況を打破すべ... 国鉄末期、地方都市圏の鉄道は長距離列車や貨物列車が優先され、不便なままでした。この状況を打破すべく導入されたのが「シティ電車」です。少ないコストで利便性を大きく向上させましたが、どのような工夫があったのでしょうか。 「汽車型ダイヤ」だった地方国鉄 東京都心の電車は戦前からかなりの本数が運行されていました。例えば1930(昭和5)年の時刻表を見ると、京浜東北線上野~蒲田間、中央線東京~中野間、山手線はいずれも日中4分間隔です。 拡大画像 広島地区の山陽本線などで現在運行されている227系電車の快速「シティライナー」(画像:写真AC) ところが電化前の赤羽~大宮間は、日中1時間あたり汽車2~3本(普通列車)の運転で、1932(昭和7)年の電化後も、これに電車3~4本が追加されたにとどまりました。赤羽以南と異なり汽車と電車が線路を共有していた事情はあるにせよ、郊外の旅客需要がまだ小さかったことが

