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状況論は人間のかしこさをどう扱うか(北海道大学大学院教育学研究院准教授:伊藤崇) #心とは何か|「こころ」のための専門メディア 金子書房
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状況論は人間のかしこさをどう扱うか(北海道大学大学院教育学研究院准教授:伊藤崇) #心とは何か|「こころ」のための専門メディア 金子書房
特集「「心」とは何か」では、「心」という概念が何を意味するのか、そしてその意義について、心理学を... 特集「「心」とは何か」では、「心」という概念が何を意味するのか、そしてその意義について、心理学を中心に「心」を扱う諸学問それぞれの立場から考えます。 今回は発達心理学がご専門の伊藤崇先生に、状況論からみた「心」についてご執筆いただきました。 「かしこさ」をどう理解すべきか「心」とは何か,という問いは古くからある。ここで私が述べるのは,心について重ねられてきた諸議論のほんの一部についての解説である。 「知情意」と言うように,私たちは心について語る際にそれをいくつかの側面に分けて議論する。私がここで解説するのは,人間の「かしこさ」を担う心の側面である。哲学的には認識論と呼ばれ,現代の学術界では認知科学とか認知心理学と呼ばれる領域で研究されてきた側面である。 言葉をあやつり,出来事を記憶し,将来に備えて学習し,それらを手がかりとして解決策を導く。私たちはそうしたことができる存在にかしこさを見出す

