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第110回 藤山愛一郎(その一)選挙に有利な名前をつけられて---多くの人に愛された稀有な実業家(福田 和也) @gendai_biz
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第110回 藤山愛一郎(その一)選挙に有利な名前をつけられて---多くの人に愛された稀有な実業家(福田 和也) @gendai_biz
東京都港区白金台に建つ、シェラトン都ホテル東京は敷地が広く緑の多い、都会のオアシスといった存在だ... 東京都港区白金台に建つ、シェラトン都ホテル東京は敷地が広く緑の多い、都会のオアシスといった存在だ。 かつてこの土地に、藤山愛一郎の、五千坪を超える邸宅があったことを知る人はどれくらいいるのだろう。 そもそも藤山愛一郎という人物を記憶している人はどれくらいいるだろうか。 藤山愛一郎は大正期から昭和期の実業家、政治家である。 明治30年5月22日、王子製紙の社宅で産声をあげた。 父は、当時王子製紙専務取締役であった藤山雷太。 この父親が名前の通り、とんでもなくエネルギッシュな人物なのであった。 文久三(1863)年、佐賀県伊万里の庄屋「伊吹家」の三男として生まれ、慶應義塾で福沢諭吉の教えを受けた。 やがて大隈重信、鳩山和夫とも知遇を得、三井財閥の大番頭である中上川彦次郎の妻の妹と結婚して姻戚関係を結んだ。 こうした縁をきっかけに、藤山コンツェルンの基礎となる企業群をつくり上げる。 そうした雷太