本稿の目的は、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』第7巻のアクラシア論を解釈し、その哲学的意義を考察することである。 「アクラシア(akrasia)」というギリシャ語は「自制心がないこと」を意味する。アリストテレスの記述に即して規定すると、アクラシアとは、「ある行為を悪いと知りつつ、欲望のゆえにそれを行ってしまう性向」である。また、そのような性向に対応する行為は、研究者たちによって「自制心を欠く行為(akratic action)」と呼ばれている。たとえば、ダイエット中の人が、食べてはならないと知っているのに、欲望に負けて目の前のケーキを食べてしまうといった行為がそれに該当する。 自制心を欠く行為が哲学的な問題になるのはなぜだろうか。それは、「合理的な行為者ならば、自分にとって悪いと知っていることを、自ら進んで行うことはありえない」という想定があるからであろう。自制心を欠く行為はこの想定と
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