たった一度だけ読んだだけだけれども、私はジョン・スタインベックの「朝食」という短編を忘れることができない。主人公である一人の男が、ある朝、日雇い労働者のキャンプの近くを散歩していると、そこにいた労働者父子に朝食に招待されて、一食を共にする、というだけのごく短い掌編である。私の胸に去来するのは、労働者父子から出たあの言葉だ。あの言葉のせいで、私は今でも、いや、今だからこそ余計に、心を苛まれるのである。 「今日まで10日間仕事があるんだ。よかったら、お前にも紹介しようか?」 この掌編を手に取った当時、私は大学院生で、そろそろ就職を本格的に考えなければならない時期だった。当時は、団塊世代の大量退職とリーマンショック前の景気回復の恩恵が広がってきていて、新卒採用の状況も活気を帯びていたときだった。文系大学院生というハンディキャップを背負った私でさえも、「正社員になれるだろう」と、どこか気楽に構えて