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増田とworkingに関するkana321のブックマーク (3)

  • 意識の高いベトナム人に論破されました

    こんな時代に中小SIerなんかやっていると大変だ。 官公庁や自治体から随意契約を取れるよう、格安競合SIerと絨毯爆撃で凌ぎを削り合いながら、元請SIerへの接待で経費が嵩ませる。その一方で、オフショア開発先の企業と見積もりで戦う感じだ。 並行して新規事業自社開発のASPやアプリを幾つか走らせているが、受託開発の人員を自社開発用員へシフト出来るほど安心出来る売上にはなっていない。 だいたい売上10億未満のSIerであればどこもこんな感じだろう。 こうした実情の中、腹の立つ出来事がある。 俺に力が無いので、どうにもならない問題だ。 オフショア開発先は、主にベトナムを活用している。 彼らと話すと、「私たちは300人の組織です。土日も休まず働き、24時間体制でやります」と言う。 それはすごいな。と思い、火消し案件で一回取引してみたら、交代制では無い。同じ人間がベタ付きしてくるのだ。しかも確認して

    意識の高いベトナム人に論破されました
  • サービス残業をやらせるのが下手な俺

    「サービス残業は非常に嫌なものである。しかし、それをやらせる方はもっと嫌なのだ」と名言っぽく言っても免罪符にはならないだろう。 当時俺はサービス残業を平気でする完璧な社畜になっていて、もう抗議する余力も転職する余力もなかった。待遇は最悪。でも、もうこれでいいんだ、俺が我慢すればいいと思ってた。 部下ができ、立場が変わった時、俺だけが我慢すればいい問題ではないと気づいた。サービス残業を「やらされる」会社にいれば、いつでも「やらせる」側に回る可能性があることが頭になかった。 契約社員という形で入社してきた部下は2週間くらいは黙ってサービス残業をしていた。しかし、ある日、「○○さん、話があります」とサービス残業について抗議してきた。俺は自分の上司にやられたことにならって、同じようにサービス残業をやるように指導したので実践報告をしてみる。 1 仕事はやりがい理論 「お客様が喜ぶ顔を思えば金なんか関

    サービス残業をやらせるのが下手な俺
  • 教員だった私が心を病んで、派遣社員になった話。

    大学を出てからずっと、ついこの間の3月まで教員をしていた。 このご時世にありがたいことに、正採用だ。 仕事はやりがいがあって楽しかった。 新人の私にも責任ある仕事をたくさん任せてもらえて、悩みながらもやりぬいた時にはちょっとした自信になった。 子どもたちは素直でかわいかった。 気で怒ることもあったり、呆れてしまうような言動もあったりして、 向き合うのはいつも全力だったけれど、そういうところも全部ひっくるめてかわいかった。 ある日、授業を終え、職員室に戻ってコーヒーを淹れていると、突然涙が止まらなくなった。 ちょうど行事前で忙しいな、疲れているな、という自覚はあった。 しかし涙である。 悲しいわけでもないのになぜだか後から後から涙が出てきて止まらない。 こんなんじゃ生徒の前にも出られないので、時間休をもらって病院に行ってみた。 すると、しばらく休養が必要だと言われた。 なんだか納得行かなか

    教員だった私が心を病んで、派遣社員になった話。
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