今でもはっきりとおぼえている、とても印象に残った夏の光景がある。それは鹿児島から沖縄行きのフェリーに乗った時。まばらな乗客の中に大学生くらいの女の子がいて、彼女は「しばらく八重山諸島を旅行したあと台湾に留学するんだ」と言っていた。学校の仲間たちが彼女を見送りに来ていた。ぼくは待合室で彼らの会話を聞きながら「うっせーなこいつら…」と思い煙草を吸っていた。やがてぼくは船に乗り込む。一人一畳ぶんもないような二等船室に荷物を置く。まったくのクソ部屋。クソ中のクソ。そして汽笛。デッキに出てみると、身を乗り出してさっきの彼女が港に向かって手をふっている。仲間たちがジャンプする。すると彼女もデッキの上でジャンプする。バカみたい。見送りに来た仲間たちはもう十人を超えている。ぼくはそれをぼんやりとながめていた。とつぜん、彼らのうちの一人が彼女の名前を叫んだかと思うと、港から海に飛び込んだ。クロール。追いつく