深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ──とは哲学者フリードリヒ・ニーチェの言葉ですが、ミステリ小説に描かれてきた「窓」もまた、ゾクゾクとするような二面性を持っているようです。博覧強記のミステリ評論家・千街晶之さんによる古今東西の作品の解説から、「窓」に秘められた面白さが見えてきます。 ミステリ小説に登場する密室トリックは、(もちろん例外はあるにせよ)大抵は扉か窓のいずれかに何らかの仕掛けがあるものと相場が決まっている。エドガー・アラン・ポーが1841年に発表し、今では世界最初のミステリ小説と位置づけられている「モルグ街の殺人」(『モルグ街の殺人・黄金虫』所収、新潮文庫)からしてそうなのだから、ミステリと窓との関わりはジャンルの始まりの時点で既に密接なものだったという見方も可能だろう。しかし、ミステリにおいて窓が果たす役割は、決して密室トリックに限定されているわけではない。