道徳心理学をめぐる最近の議論において,人間の道徳を生得的と見る道徳生得説が力を増しつつある.パトリシア・S・チャーチランドは『脳がつくる倫理』においてその批判を試みているが,彼女の批判は十分には明確なものではない.そこで本稿では,彼女の道徳生得説批判を検討し,その射程と課題を明らかにすることを目指す.そのために,まずは準備として道徳生得説をめぐる議論を概観する.次にその概観の中に,チャーチランドの議論を再構成して位置づける.最後に,そうして再構成された議論に対して突きつけられることが想定される反論を検討することで,チャーチランドが今後取り組まねばならない課題は何かを探る.Recent discussions on moral psychology have increasingly focused on moral nativism, which is the perspective th