タグ

2016年1月1日のブックマーク (7件)

  • N O M A (@missdumezweni) | Twitter

    AKIMOTO
    AKIMOTO 2016/01/01
  • R.I.P. Valleywag, 2006-2015

  • ホモがFableIIIというゲームをプレイした話

    FableIIIというゲームの話をしたいと思う。 FableIIIは、XBOX360&PC用のRPGで、僕がプレイしたのはXBOX360だった。 洋ゲーによくあるオープンワールドゲーって感じ。スカイリムとか。Falloutとか。 なぜ買ったかというと、同性婚の要素があったから。 当時Twitterでフォローしてた、洋ゲー好きのゲイの人がそう呟いてた。 (ドラァグクィーンのブルボンヌとかも呟いてたような…) その時大学生で、ちょうど何かゲームがやりたいなと思っていた僕は、 「へー、同性恋愛かあ…。進んでんな海外は…。」と思い、 大学の帰りに、池袋のビックカメラでソフトを買って帰って、 当時「アイドルマスター」専用機だったXBOX360を引っ張りだした。 (なんでゲイがアイマスやるのか?ホモはアイドル好きだから。) FableIIIの主な舞台は、ざっくり言うと剣と魔法の中世ファンタジー。 ちょ

    ホモがFableIIIというゲームをプレイした話
  • 【蛙狩り】どんな主張をしようと構わんが、神事を侮辱するようなのは違うんじゃないの?【反対活動】 - ヘソで茶をわかす

    諏訪大社の元旦の神事「蛙狩り神事」を見に行ってきました。以前にどのような神事なのかは記事にしたことがありますので、細かい説明は省きます。 www.hesocha.com 剥製とかではなく、当に神饌としてカエルを捧げますので、「残酷だから取りやめるべきだ」という反対派も少なからずいるようです。昨年も反対する活動家らがやってきて騒動になっています。 神社に着くと今年もそんな反対派がやって来ていました。まぁ、現代の価値観だと賛否両論あるのも致し方ないのかもしれませんし、主張自体は理解しますよ(賛同はしませんが)。ただ、主張の仕方ってものがあると思うのです。 配慮というものはないのか? 蛙狩り神事は諏訪大社宮の東門脇を流れる御手洗川で行われます。現地に向かうと仮装行列が… 現在は西門から神社へ入るのが一般的になっていますが、来はコチラの東門が正門です。神社という神聖な場所の、その正門の前で、

    【蛙狩り】どんな主張をしようと構わんが、神事を侮辱するようなのは違うんじゃないの?【反対活動】 - ヘソで茶をわかす
    AKIMOTO
    AKIMOTO 2016/01/01
    くだらない方法で抗議する自由もあるのでは。その神様に関係ない人から見たら神事もくだらなく見えてるかもしれないわけで
  • おせち美味しくない

    お雑煮、栗きんとん、筑前煮だけでいい。 かずのこ、伊達巻、なます、かまぼこ、黒豆いらない。 誰か全く新しい正月料理考案したら流行ると思うけどやんねーのかな。 (追記) 義実家で義母が作ったおせちが出てきたけどみんな箸が進まないからさ、義母も作るの大変だったろうに気の毒じゃん? 実家ではお雑煮と筑前煮と栗きんとん、黒豆(母が好きなので)と大量の鰤の刺身しか出なくなってたんだけど。 (福岡では正月に鰤の刺身をべる。おろし醤油でべると美味しい!)

    おせち美味しくない
    AKIMOTO
    AKIMOTO 2016/01/01
    マトンカレーおせちとか油淋鶏おせちとか、好きなおせちを食べればよいかと
  • 実は街中の銅像には死体が入っている

    いやまあ、そりゃ全部に入ってるわけじゃないよ。 銅像の数体、ほんの数体。 街の中に、人々の平穏な暮らしの中に死体が鎮座している。 ただそれだけ。日常と非日常の対比みたいな。 とりあえず死体が入っているかどうかの確認方法は叩いてみることだ。 死体が入っている銅像は明らかに他の銅像とは違う音がする。 是非、君も街中に死体を見つけ、日常と非日常の狭間を体感しよう。

    実は街中の銅像には死体が入っている
    AKIMOTO
    AKIMOTO 2016/01/01
    街中のお寺の裏手に並んでる四角い石のオブジェにも死体が入ってる
  • その昔、『一杯のかけそば』というマッドな童話があった - ココロ社

    ココロ社です。 今回は、元号が昭和から平成に変わったころの話。 あのとき、『一杯のかけそば』という童話が空前のブームになっていた。 話のあらすじはこうだ。 ある年の大晦日、子供二人連れの母親がそば屋を訪れ、お金がないがどうしてもべたいと、一杯だけかけそばを注文し、三人で分けあってべた。 その年からしばらく、大晦日には三人で来て、一杯のかけそばを注文してべていたが、ある年からぱったりと来なくなった。そば屋は、三人がまたいつか来てくれると思って何年も待っていた。 来なくなってから10年以上経ったある年の大晦日に、あのときの三人がやってきた。子どもたちは立派に成長していた。聞くと、それぞれ銀行員と医者になり、この蕎麦屋でかけそばをべるためにわざわざ集まったという。三人は三杯のかけそばを頼んでおいしくべたのだった。 若い人には信じられないかもしれないが、平成になりたてのころには、この作り

    その昔、『一杯のかけそば』というマッドな童話があった - ココロ社
    AKIMOTO
    AKIMOTO 2016/01/01
    今なら「一人分のドリンクバー」とか