こうの史代が描く『この世界の片隅に』(全3冊)では、三つの世界がパラレルに描かれている。 一つ目は語れない=語ることのできない世界だ。それは昭和20年6月の呉市の大空襲で、主人公・鈴と手をつないでいた小学1年生の姪が、つないでいた鈴の右手とともに不発弾で爆死してしまった世界だ。そして昭和20年8月6日に投下された原子爆弾による被曝後の広島の世界だ。 この二つの出来事は、語ることのできない世界として表現されている。 二つ目は民話的な語りの世界だ。登場人物たちの関係性は、民話的世界と線引きすることがむつかしい。民話風な語りの中で、作品のモチーフが語られ、主要な登場人物たちは分かちがたく結びつけられていくことになる。 この民話風な語りでは、近代国家的なスケールではなく、瀬戸内海という世界で数百年にわたって営まれてきた、民衆的な世界が表現される。 三つ目は歴史的なことがらの列挙だ。そこでは愛国心な