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シベリウスの交響曲第1番に対するアプローチの変遷 | ほーほの落穂拾い
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シベリウスの交響曲第1番に対するアプローチの変遷 | ほーほの落穂拾い
* 日々のいろいろなことの中から、そのまま消えてしまうのがもったいない気がするものを、まとまりのな... * 日々のいろいろなことの中から、そのまま消えてしまうのがもったいない気がするものを、まとまりのないままに拾い集めています 先日の「冬の音楽」の最初にシベリウスの交響曲第1番を挙げたところ、偶然とは恐ろしいもので来年自分のオケの定演でこの曲を演奏することになってしまいました。先月いささか準備不足で本番に乗ってしまったのでそのリベンジができるのはありがたいのですが、少なくとも聞いて想像するよりもはるかに難曲であることを身にしみて知ってしまったので、実は密かに戦(おのの)いています。 しかしただ戦いていては何の対策にもならないので、まずは自分に活を入れようと、比較的新しい演奏を聞いてみることにしました。いつもは渡辺暁雄/日本フィル(1981年 日本コロムビア)とベルグルンド/ヘルシンキ・フィル(1986年 EMI)の録音を聞いていますが、いずれも内容に不満はないものの前世紀の録音なので、この際