サクサク読めて、アプリ限定の機能も多数!
トップへ戻る
iPhone 17
d.hatena.ne.jp/kasawo
自分の子はみんな可愛いと信じていた。あまりに強く信じていたので内面においてもその他の感情をつぶやくことがなかった。子どもはみんな可愛いのだと、それだけを言語化して、それを「思っていること」にしていた。世話だってちゃんとした。食事も作った。共働きだから四六時中一緒にいたのではないけれど、夫も充分すぎるくらい子育てをしてくれた。不足なんかなかった。彼女はそう思う。 子どもはいつまでも子どもだという親もいるけれども、彼女はそのせりふを理解することができない。二十歳になった息子はもう子ではない。そこいらの若い男だ。ろくに口も利かないし腕力だって自分よりずっと強いだろう。だから距離を感じるのは変なことではない。彼女はそのように思う。上の子とはちがう。上の子は女の子だから。 彼女はそれこそ高校生の時分から、定年まで働くのだと決めていた。彼女は勉強ができたし、ピアノの才能だってあった。田舎の両親に無理を
愛に飢えているのですよと彼は言った。嘘だねと私はこたえた。あなたが飢えているのは愛じゃないよ、どう考えても。それから私たちはなんだか可笑しくて笑った。日常語でないと言われる語彙を、私はわりに平気で口に出すけれども、誰にでもというのではなくって、慣れが必要で、彼はあまりそういう語を口にしたことのない相手なのだった。 十年を過ごした恋人と泥沼の挙げ句に別れてから彼はずいぶんと野方図で、デートの相手を幾人もつくり、色も恋もない話し相手にすら性別が女であることを好むところがあった。以前は年に二度かそこいらしか会わない薄い友人だったのに、そんなわけで私にもなにかとお呼びがかかる。職場の近くで軽く飲みながら女たちに関する話を聞いてやるのが私はそんなに嫌いではなかった。なぜなら彼はみじめで可哀想で、いかにも不安定に見えたからだ。私は可哀想なものにえさを投げるような行為が好きだ。そういう自分を卑しいと思う
寝る前に頭に浮かんでくるやつあるじゃん。それみたい。 私がそのように言うと、彼はゲームの手を止め、疑問符を持ち上げる。寝る前に? 私はゲームをやらない。やったことがないまま大人になってゼロから覚えるにはシステムが難しすぎるように思う。それで私にとってゲームは「家にいる人がやっているのを横から見るもの」なんだけれど、彼のやるゲームはだいたいさみしいやつである。おおむね、たったひとりで何か地味な作業をやっている。少し前には潜水するゲームをやっていて、しょっちゅう「あと五秒で酸素がなくなります」というアラートで私を怯えさせたし、その後は宇宙の他に誰もいない場所で自分のクローンたちと暮らしていた。今は誰もが引きこもる荒廃した世界のオーストラリアにいて、ひとり荷物を運んだり道路を作ったりしている。 一人の人が作ったんだろうと思うんだ、と私は言う。映画とかでもあるじゃん、いかにも共同で世界を作って撮影
このページを最初にブックマークしてみませんか?
『d.hatena.ne.jp』の新着エントリーを見る
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く