サクサク読めて、アプリ限定の機能も多数!
トップへ戻る
大阪万博
kaikoku-japan.net
世界地図を広げてみてほしい。(白地図でOK)そこには、自然が生み出した地形のほかに、人の営みの結果生まれた線、国境がたくさん引かれている。 国境というのは、自然が作り出した部分(海、川、山、沼地、森林、砂漠等)と、人間が人工的に引いたものと、二種類ある。人間が引いた国境を見てみると、アメリカとカナダの国境のように五大湖を除けば大体まっすぐというものもあれば、アフリカの象牙海岸のようにかなり入り組んでいるものもある。 さて、質問。なぜ国境はまっすぐではないのか?答えは二つ。 一つ目は、かなり入り組んでいるということは、そこの住民が他の住民と戦い続け、奪い奪われた歴史の産物だから。アジアでよくみられるパターンである。 二つ目は、外国人がある意図を持って勝手に国境線を引いたから。顕著な例はアフリカだが、19世紀にヨーロッパ列強がベルリンに集まって、アフリカ分割を決めた(ベルリン会議)。早い話、ア
私が通っていたヴェニス国際大学は、イタリア、日本、イスラエル…、と世界各国から留学生が集まる大学でした。というよりは留学生のための大学で、そこに現地の学生も一緒に授業を受けることができるという形式でした。 そこでよく話題になるのが、それぞれの国の違いについて。やはり国によって色々と違いがあるもので、それを比べるのはとても面白い。 今回は大学の制度について、比較してみることにします。 ※聞いた話を基にしているので単純な比較にはなっておらず、事実と異なる場合もあります。 まずは日本。 大学は70%以上が私立。基本的には4年制で、学費は公立で年間およそ50万円、私立文系で100万円、私立理系だとそれ以上。 イタリア。学費は年間10万円程度。卒業にかかるのは3年、または5年で、卒業時期が人によって異なる(卒論が終わり次第卒業)。 イスラエル。 年間およそ20万円。学部によって卒業に必要な年数が異な
はじめまして、倉本圭造と申します。今後、開国ジャパンにてコラムを書かせていただこうと思っています。 私が10年かけて「放浪」してきた国は、 みなさんご存知の、『一番近くて、そして一番遠い国』です。 ・・・その名は??? 『日本』 我々日本人、特に現代の日本人で、若いころから外国に触れることが多く生きてきたタイプの人間にとって、ある意味「一番近い・・・が、一番遠い外国」が、「日本」だと思います。 とはいえ、なんでそんなものをよりによって「開国ジャパンに?」というところから、今回は話を始めたいと思っています。 まず、以下の私の公式プロフィールをご覧ください。 京都大学経済学部卒業後マッキンゼーで働く中でグローバリズムと日本社会の現実との矛盾に悩み、両者を相乗効果的関係に持ち込む『新しい経済思想』の必要性を痛感、その探求を単身スタートする。いわゆる「ブラック企業」やカルト宗教団体、ホストクラブ、
山口県の岩国市に旭酒造という蔵元があります。創業は第二次世界大戦後なので、日本酒業界では超が付く新興企業です。 でも、今一番世界に出ているお酒の一つになっています。その銘柄の名は『獺祭』(だっさい)。 遠心分離機を導入したり、精米歩合を23%(77%はお酒造りには使わない!!)まで高めたりという新しい試みや、スパークリング日本酒も充実するなど、いわば革命児のような蔵です。 さらにはこのお酒、新世紀エヴァンゲリオンにも登場していました。 その獺祭が昨年6月に、3年の歳月をかけてアメリカで流通しているすべての『獺祭』に関して、正統派のコーシャー(Kosher)認定を取得されました。 日本人には馴染みが薄いと思いますが、簡単に言えばユダヤ教徒が口にしていい食品のことです。 ユダヤの戒律に基づいて生産された、加工法などに厳しい基準があります。 当然豚由来の原料は駄目、しかも例えば酒造りに使う酵母に
自由気ままに旅をする旅人。 でも彼らが帰国後に何をしているのか気になったことありませんか? 最近は世界一周や長期旅行に行く人が以前より増えていると思います。恐らくこの記事をご覧になって頂いている方の中にも、友人や知人が長旅をしているという人はいらっしゃるのではないでしょうか。 これは大金とは言えそこまで無茶苦茶な金額がかからず、1人150万円~250万円ほどあれば1年間の世界一周に行けるということが多く知られてきているからだと思います。 またインターネットで世界各地の情報を個人で簡単に集められるようになったこと、終身雇用という形態が崩壊し始め、転職の合間に中・長期で休みをとれるようになっていることもその傾向に拍車をかけているような気がします。 とはいえ会社を辞めたりすることは個人にとって大きなリスク。 「全てのしがらみから解放されて旅に出ることは羨ましいし気持ちの良いことなのだろうけど、帰
世界一周団体TABIPPOの小泉翔です。 数少ない学生のアンバサダーとして、僕が学生のうちに世界中を飛び回るべきだと感じた3つの理由を書かせて頂きます! 「今時の若者は〇〇…シリーズ」が僕は正直少し苦手で大先輩である方々のアドバイスでもたまに素直に受け止められないことがあります。 なのでぜひ同じ学生や若者の世代の人たちに、同じ目線でこのこの記事を読んでいただければと思います。 僕は大学3年次に1年間休学をし、4ヶ月間アメリカに留学をし、留学先のアメリカから4ヶ月かけて世界一周の旅に出ました。 この4月から社会人として仕事が始まりますが、学生のうちに海外を旅できて本当によかったと今振り返るとそう思います。 ▼僕が感じた学生が世界に飛び出すべき3つの理由 【その1、時間はいくらでもある】 まずもっとも最初に言えることは学生にはあまるほどの時間があるということです。 サークル活動やアルバイト、学
昨年の秋にシンガポールを訪れたときのこと。現地の人材エージェント会社にて、いわゆる「現地採用」として働いている方とお会いしました。 彼はシンガポールの地で、日系企業を中心としたクライアント企業の採用活動を支援している。 採用対象は日本人だけでなく、当然現地シンガポール人もターゲットとなっているわけですが、そんな中、シンガポールの求職市場において、日系企業の不人気ぶりが目立つと嘆いていました。 ここでの不人気と言っているのは、日本人に対しての話ではない。シンガポール人が日系企業では働きたくないという状況が続いているそうなのです。 ――「ガラスの天井」制度が現地ローカル採用をシラけさせる 確かにそれは僕が中国で働いていた時、中国でも同じような状況があるというのはよく耳にしていました。いわゆる「ガラスの天井」という人事制度です。 一見、人事制度上、昇進の仕組みは整っており、成果連動型であれ、ある
■呑み込めなかった小石 僕は大学を卒業した後、22歳で渡米し、マサチューセッツ工科大学(MIT)の航空宇宙工学科で修士・博士を取る道を進んだ。僕をこの道へ連れ出したのは、少々物分りが悪い性格と、あるひとつの幸運な出会いだった。 その出会いがあった学部四年生の頃まで、僕は学位留学という選択肢を考えもしなかった。意志が無かったのではない。ただ、選択肢の存在を知らなかったのだ。周囲に前例が誰もいなかったから、一介の学生として正規留学する道があるなんて知りもしなかった。だから僕は、宇宙への夢と、漠然とした海外への興味を持て余しつつ、バイトをし、飲み会で騒ぎ、テニスに耽り、他の多くの人と大差のない大学生活を、さしたる疑問もなく送っていた。卒業後は九割の友達がそうするように、僕もそのまま大学院へ進み、修士まで出てどこかの会社へ就職するのだろうと思っていた。宇宙が好きだったから、JAXAか人工衛星メーカ
ピーッ! あの雨の日の試合。高校サッカー最後の笛を聞いて、ボクのサッカー人生は終わったって思った。 な~んて書き出しで書くとカッコいいかなって思って書いたけど実際そんなんじゃないから。せんべい片手に読んでもらえれば丁度いいかな(笑) ボクは海外でサッカー選手として生活して色々な経験というか、いろんな目にあったんだよね。 でも辛いとか思わなかったし楽しく過ごせたし、今あの時の話をすると改めて面白い経験したんだなと思っているんだ。 これを読んで“あれ?海外ってなんとかなるんだ”とか“なんか海外って楽しそうだな”って思ってくれたらボクは幸せ。 ボクが出会った人たちに刺激されて海外に出たように。 カッコ良く出だしを書いちゃったけど実際にボクは高校サッカーで全国大会に出場できなかった時点でプロの道はないと思ったの。 それより、まともなサッカーはもうできないって思ったね。 その時に残るまともなサッカー
■2年間に4回も引っ越し…重要なのは住まいです 次の子は何処で産むのだろう…。一人目を授かった時も次のチームを探している時でした。南アフリカを出ようと決めた時、二人目を授かりました。この子たちは私達が次のステップアップへ進む為のパワーの源となっています。 周りには「スポーツ選手の奥さんは、食生活、健康管理が大変でしょう?」とよく言われます。私も初めはそう思っていました。でも、いいパフォーマンスを見せるためには、自分の身体を知り、その場にあった食生活を考える必要が彼自身にあるのです。 もちろん、彼の体調を見て提案をする事はありますが、ほとんど彼の指示の下で私は動いています。彼はプロですから、それらを考える事もプロとしての必要不可欠なのです。私は彼が心地よく、リラックス出来る空間を作る事がいいパフォーマンスに繋がると思っています。 実際、新しい地へ行く時に一番重要視するのは住まいです。彼の練習
■発展途上国で雇用を生み、田舎町の発展に貢献する 僕は、企業の大事な使命の1つは、雇用を生むことだと思っています。雇用を生み、安定して給料を払い続けることです。そして、従業員の意識を高め、スキルを高め、人間的に成長させていくことだと思います。 CNE1は、昨年2名の講師でスタートしました。1年経った現在、講師は42名に増えました。マンツーマン語学学校なので、グループスタイルの語学学校と違い、生徒数が増えれば、自動的に講師の数も増えます。経営的には頭が痛いことですが、雇用の観点と生徒視点に立てば、こちらの方が良いという信念でやっています。お陰さまで、この田舎町で多くの雇用を生むことに成功しました。現在、スタッフや我々経営陣をいれると約60名の大家族になりました。 CNE1に留学して頂く生徒様が増えてきたので、学校の近くにあるショッピングモールには、連日、生徒さんが買物に行きます。ここでも多
「その国に訪問する」これほど素晴らしい感謝の表現はない。 初めまして、フィリピン格安マンツーマン語学学校CNE1日本代表の井坂浩章と申します。今、このコラムを台湾で書いています。 今回の東日本大震災の発生後、台湾が世界最高額の義援金を集めてくれたほか、救助隊を派遣してくれたことなど、個人的に台湾に感謝の気持ちでいっぱいでして、機会があればお礼の訪問がしたかった。今回たまたま時間がつくれたので、台湾までやってきました。 台湾を訪問してみて、この国民の徳の高さを改めて実感しました。街を歩く人々から良い「気」が醸し出されていました。道に迷った時や、料理の選びに困っていると優しい笑顔で、皆助けてくれる。日本人と似ていてシャイですがホスピタル性は高い。僕は22カ国もの国々を訪問してきているので、その国に行って街並みや人々を見て話せば、色々比較検討できます。この国は「温かい心がもてなす居心地の良い素晴
本日6月13日に、海外で活躍するアスリートを語学面でサポートする「Global Athlete Project powered by Rosetta Stone」が発足しました。 開国ジャパンプロジェクトではこの発足式に出席し、このプロジェクトに込める熱い思いを川島永嗣選手に取材してきました。 このたび、世界に挑戦するアスリートを語学面でサポートする「Global Athlete Project(グローバル・アスリート・プロジェクト)」の発足にあたり、6 月13 日(月)、同プロジェクトの発起人の一人でアンバサダーでもある川島永嗣選手(サッカー日本代表/ベルギー・リールセ所属)が、プロジェクト発足宣言を行いますので、ご案内申し上げます。 「Global Athlete Project」は、発起人の一人であり、自ら身につけた英語やイタリア語などの語学力を活かして海外チームで活躍する川島永嗣選
“好きなことでメシを食いたい” ボクは元々海外に行くことに対して何も考えていない人間でした。というより、自分自身が外国語を使って誰かとコミュニケーションを取っていることなど、まったく想像できていませんでした。簡単に言えば、外国に、外国人にビビってたんですね。 そんなボクは高校を卒業後、日本の一般企業で働き、社会人サッカーをやって、という生活でした。そんな生活をしてる中、ひょんなことから、ものすごい面白い人に会っちゃったんですね。その人はブラジル、コロンビア、エクアドルでプロサッカー選手として活躍した人で、一緒にご飯を食べたときにする話が、まあ面白いんですよ。その時に思ったんですね。 “サッカーでメシが食いたい。自分も面白い話ができるようになりたい”って。 おわかりの通りこの面白いってのはギャグがどうとかじゃないですよ。自分の生活や経験を楽しく魅力的なものに変えようと思ったんです。そして、
現在、タイのバンコクを拠点に、海外(主にアジア)でモデルの仕事をしています。きっかけは、東京に五万といるモデルの中で「他の子に何か差をつけたい!!」という想いから、海外でモデルの仕事をするようになったことで、現在はタイで活動しています。 一番最初の挑戦は、2005年中国の上海でした。 中国語能力は全くゼロの状態で上海に到着したのですが、あまりに言葉が通じず、空港で泣いてしまったほど、この挑戦は苦難のスタートでした。「このままでは、モデルの仕事はおろか、日常生活もままならない!」と一念発起し、上海大学の語学コースへ通うことを決意。大学では付属の寮へ入寮し、午前中は語学を学び、午後は雑誌社などへの営業という毎日を送りました。 約1ヵ月半の滞在中、運良くファッション誌の仕事を頂き、ひとつの成果を出して一旦は日本へ帰国。翌年、「中途半端な中国語を上達させたい!」と思い、首都・北京にある中央戯劇学院
高校時代までは、“いかに強くなるか”を追求し、空手の稽古に明け暮れる毎日でした。そんな僕に転機が訪れたのは、高2の夏。来日中の外国人高校留学生と交流するインターナショナルキャンプへの参加が、海外へ目を向けるきっかけとなりました。留学生の自国に対する意識の高さと学習意欲の高さに驚かされたのです。 その後、自分自身もアメリカへと高校留学を果たします。英語力もなく、文化の違う環境で1年間、揉まれ続けながらも、最も驚かされたのは、日本と大きく異なる欧米の教育スタイルでした。 例えば、アメリカ史の授業中での出来事。突然、『なぜ日本は真珠湾に“奇襲”という攻撃を仕掛けたんだ?』と、先生に質問されたことがあります。欧米では自分の意見を求められる機会が多々あり、それをいかに論理的に説明できるかが、評価の対象にも繋がるんです。ゆえに、自分の意見をきちんと述べられる生徒が多いように感じました。このような教育
昨年5月から、シンガポールにある「アルビレックス新潟シンガポール」というチームでGKコーチ兼選手を務めています。実はシンガポールに来る前も、およそ7年にわたってサッカーを通じ、世界各国9カ国を渡り歩いてきました。僕も、今でこそ当たり前のように世界をフィールドに活動していますが、元から海外志向が強かったわけではありません。 むしろ大学時代までは一切、海外に興味がなかったですし、旅行で行きたいと思ったことはありましたが、そこで生活していくなんて考えてもいませんでした。そもそも「海外」なんて未知の世界すぎて、想像すらついてなかったのが実情でした。 そんな自分が後に、これだけ世界各国を渡り歩くことになろうとは……。「本当に人生って何が起こるか分からんのぅ」と、つくづく思います。 ■ 当時の自分は本当、かわいそうなくらい極端に「狭い価値観」の中でしか生きていなかった ターニングポイントは、大学卒業
開国ジャパンプロジェクトは、日本のポジティブな開国に向けて、 世界で活躍する日本人や、日本および日本人のグローバル化に向けて活動している個人、法人、団体などが一丸となり、束になることで、より強力に、 スピーディに日本の開国化・グローバル化を促進していこうという取り組みです。 開国ジャパンでは【3つのCOM】(トリコム)のコンセプトに基づいて、日本および日本人のグローバル化を目指します。 Community、Competitionを追求するために必要な基礎力であるComprehensionを高めていくことがグローバル力を育むための重要なファクターだと考えます。 この基礎力を、「言語力」「教養力」「ふるまい力」「時事力」「経験力」という5つの軸で定義し、これらを総合的に伸ばしていくことで、地球レベルで活躍できるグローバル人材の育成を目指します。
普段、医師としての仕事中で中心となる日常診療や手術に関しては、日本にいらっしゃる方々が中心になります。しかし、私の所属する大学の耳鼻咽喉科学教室として、また耳鼻咽喉科の医療技術を持っているいち医師としては、世界に医療の技術を発信する使命があると思っておりますので、常にグローバルの意識を持って技術の研鑽を積んでおります。 具体的には、韓国の耳鼻咽喉科の先生方に対して東京慈恵会医科大学の耳鼻咽喉科が手術技術研修会を20年前より行っていることや、今後はインターネットを使って医療を行う【遠隔医療】を使って、カンボジアなどの東南アジア諸国の耳鼻咽喉科医師に対しての医療技術協力をやっていきたいと考えています。 プライベートでは、学生たちに国際協力、特にアジア諸国とのよりよい関係を作る為、テレビ電話(遠隔コミュニケーションシステム)を利用し、韓国と日本の学生にむけて同時に授業をしてみたり、そのシステムを
「先生、27歳にもなってよくやるね」 これは、僕が4年間勤めた中学校教師を辞め、留学を決意した時に、教え子の一人から言われた言葉でした。27歳という大の大人が、これから夢を追いかけ海外に飛び出す。一方、15歳の中学生は、 “現実”を見ている。何となく、そこに違和感を覚えながらもオーストラ行きを目の前にして、当時の僕は期待と希望で胸がいっぱいだった。 ■目標は海外でもう一度フットサルをプレーする こと 留学の目的は二つ。一つ目は、幼いころから続けてきたサッカー・フットサルでもう一度選手として海外でプレーすること。オーストラリアに到着するなり、すぐにチーム探しを始めました。チームに入るためには、まず、「トライアル」と呼ばれる、日本でいうところのセレクションに合格しなければなりません。いくつかのチームのトライアルを受け、数チームからオファーをもらいました。 しかし、合格したチームは、正直
サッカー日本代表の海外遠征の取材や、東欧や東南アジア、米国といったサッカー文化発展途上国でプレーする日本人選手を取材するため、世界をまたにかけて活動する写真家・ノンフィクションライターの宇都宮徹壱氏。外資系コンサルティング会社出身で、2010年南アフリカW杯に出場する32カ国を巡る「世界一蹴の旅」を遂行し、ビジネス×サッカーという独自の視点から日本人を論じ、日本のグローバル化を志すヨモケン氏。「開国ジャパンプロジェクト」のオープニング企画としてのスペシャル対談。日本のグローバル化、開国化について、サッカーの観点から語り合います。 (宇都宮)ところで、最近若い人たちが海外に行かないという傾向が強いと聞いてますけど、サッカーに限らず、どんどん海外に行ってほしいですよね。 僕が大学生のころって、まあ今から20年以上の昔話ですが(笑)、学生時代の間に「早くやっておかなければならない3つのこと」って
4月23日(土曜日)午後4時から午後10時まで、複合型商業施設「フォレスタ虎ノ門(東京都港区)」にて、日独交流150周年 ドイツ大使館公認イベント「ドイツビール祭り」が行われます。 4月23日はビール純粋令制定を記念したドイツ政府公認の「ドイツビールの日」です。また今年は、1861年に江戸幕府とドイツとの友好関係が始まってから、150周年の節目の年を迎えます。 約30種類のドイツビールとビールに合うドイツのおつまみで、みんなでドイツビールの日をお祝いしよう!なお、本イベントの収益の一部は、東日本大震災の被災者の方々への義援金として、日本赤十字社に寄付されます。 【イベント概要】日時:2011年4月23日(土) 16時~22時場所:フォレスタ虎ノ門東京都港区虎ノ門1-14-1 郵政福祉琴平ビル 1Fアクセス:東京メトロ虎ノ門駅徒歩1分会費:フード付き 3
サッカー日本代表の海外遠征の取材や、東欧や東南アジア、米国といったサッカー文化発展途上国でプレーする日本人選手を取材するため、世界をまたにかけて活動する写真家・ノンフィクションライターの宇都宮徹壱氏。外資系コンサルティング会社出身で、2010年南アフリカW杯に出場する32カ国を巡る「世界一蹴の旅」を遂行し、ビジネス×サッカーという独自の視点から日本人を論じ、日本のグローバル化を志すヨモケン氏。「開国ジャパンプロジェクト」のオープニング企画としてのスペシャル対談。日本のグローバル化、開国化について、サッカーの観点から語り合います。 (ヨモケン)海外に取材に出掛けて気づくこと、成長することってどんなことありますか? (宇都宮)海外にいると、というよりも、日本へ帰ってくると、「やっぱり日本っていいな」って思うようになりますね。安全だし、言葉は通じるし。日本の良くないところって、もちろんたくさ
一緒に住んでいる旧ソビエトコミュニティ(全員がロシア語を話すという共通点)のお話をすると言っていた前回から随分時間が経ちました。やはり一度筆を置いてしまうと怠けてしまうというのが大きいのですが、他にも色々と思うところもありました。 まずカンボジアナビというポータルサイトの運営に注力しており、情報などもそちらで発信してい… コスタリカから、スペインに引っ越してきて初めての投稿です。 マドリードの国際交流基金 Fundación Japón (Almagro 5, 28010, Madrid) では、日本の文化紹介や、国際交流のイベントをよくやっています。面白いプログラムを見逃してしまって残念な思いをすることもしばしば。日本文化の紹介は、基…
サッカー日本代表の海外遠征の取材や、東欧や東南アジア、米国といったサッカー文化発展途上国でプレーする日本人選手を取材するため、世界をまたにかけて活動する写真家・ノンフィクションライターの宇都宮徹壱氏。外資系コンサルティング会社出身で、2010年南アフリカW杯に出場する32カ国を巡る「世界一蹴の旅」を遂行し、ビジネス×サッカーという独自の視点から日本人を論じ、日本のグローバル化を志すヨモケン氏。「開国ジャパンプロジェクト」のオープニング企画としてのスペシャル対談。日本のグローバル化、開国化について、サッカーの観点から語り合います。 (宇都宮)お久しぶりです。なんか日本で会うのってひさしぶりだよね。 (ヨモケン)そうですね。だいたい海外の日本代表のゲームのときに現地で会うのがほとんどでしたもんね。W杯では大会期間中、お互いずっと南アフリカにいたわけですが、最近もよく海外にいかれたりする
このページを最初にブックマークしてみませんか?
『開国ジャパンプロジェクト - グローバル人材を目指して』の新着エントリーを見る
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く