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8月22日は金シャチの日
名古屋城の金シャチは、北側が雄で南側が雌だと公式に発表されています。高さや重さを比べると、少し雄... 名古屋城の金シャチは、北側が雄で南側が雌だと公式に発表されています。高さや重さを比べると、少し雄のほうが大きめ。以上、プチ情報でした。8月22は名古屋市の市章「まるはち」と、22が左右のしゃちほこに見えるってことで金シャチの日に制定されています。制定したのは、名古屋市内で鍼灸接骨院を経営する川村芳彦氏とのこと。名古屋に来たら、一度は名古屋城を見てみやぁせ。 金シャチは大名たちの流行が影響? 名古屋城が竣工したのは江戸時代、1612年のこと。豊臣政権に陰りがみえて徳川が勢力を強めたことで、それまでの築城制限が力を失った状態に。天守を建築するブームが起こり、金シャチをあげる城を築いた大名がいくつかいたそうです。なので、金シャチは名古屋城だけではありません。が、1615年には徳川政権によって築城や天守建築が禁止され、金シャチをあげた天守建築ブームが終焉したのでしょう。どんだけバブリーな流行やねん