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伊勢国射和村出身の商人、冨山家の経営活動から見る江戸期の商業 - らふらいふ
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伊勢国射和村出身の商人、冨山家の経営活動から見る江戸期の商業 - らふらいふ
江戸期の商家、冨山家の繁栄 今回は江戸期の商家として伊勢国射和村出身の商人冨山家をケースとして取り... 江戸期の商家、冨山家の繁栄 今回は江戸期の商家として伊勢国射和村出身の商人冨山家をケースとして取り上げ、その経営活動とそこから考える私の意見を述べる。 伊勢商人を代表する先駆者として有名な冨山家が、後北条氏の城下町・ 小田原で呉服商を始めたのは1585年のこととされている。その後、後北条氏が滅亡すると冨山家は徳川家康を追って江戸へと移り、1663年には江戸本町に呉服店を、翌年には京都呉服店、1683年に伊勢店と店舗出店を重ねた。こうした冨山家の発展はめざましく、またたく間に江戸、京都、大阪へと店舗網を張りめぐらしていく。 江戸店の経営規模が拡大すると貸付部門と不動産部門が分離された。また京都店は1734年には37もの部門に分けられ、西陣の呉服物を主力に多種多様な商品を取り扱っていた。順調に力を伸ばしていった冨山家は呉服兼両替商となり、元禄期には江戸の四大呉服店の一つにまで上り詰めることとな