サクサク読めて、アプリ限定の機能も多数!
トップへ戻る
大谷翔平
un-deux-droit.hatenablog.com
妻が転職してから一ヶ月。「もっと早くこのクラスの会社で私は勤めるべきだった。そうしたらもっと違う人生だったのに」ということをしばしば口にするようになった。そのたびに私はいたたまれない気持ちになる。 妻の新しい勤め先は東大早慶がゴロゴロいるような会社で、皆頭の回転が早く、それでいて性格も申し分ないらしい。そんな中に混ざって活躍できている手応えを妻は感じているらしく、自分自身を過小評価していた、と歯噛みしている。 自意識過剰かもしれないが、「違う人生だった」の中に「もっとレベルの高い人と結婚できたはずだ」という意味が含まれているように感じている。私との会話に明らかに退屈しているし、私に対する関心も失っている。 それもそのはずで、私自身妻に対しては基本的に心を閉ざし、できるだけ自分の思考が洩れないように防御するのが癖になってしまっている。とにかく会話の中で失点しないことだけを心がけ、妻が不愉快に
先日、子どもの遊び場目当てで吉野ケ里歴史公園に訪れたら、遊び場以外のところがすごすぎて遊ぶ時間がなくなってしまった。天気が抜群に良かったせいもあるが、未知の世界を探検するワクワク感があって興奮した。オープンワールドのゲームがもてはやされているけれど、現実世界も捨てたもんじゃないぜって感じのする空間だった。 三国無双感漂う佇まい。伏兵に襲われそう村に到着色彩のコントラストに胸躍る中に入れる建物も沢山ある建物内のクオリティも高い歴史の資料集に載ってそうな道具がわさわさ 壮観。リンクだったら空を舞いたい 当初の目的だったアスレチックの写真は撮っていないのだが、アスレチックも新しく、充実していた。永久に遊べる大玉転がし、藁の下から抜け放題の迷路など、シュールな遊具も多数あった。ぜひまた行きたい。 余談だが、福岡から吉野ケ里への行き方としては、高速で鳥栖経由より、那珂川市から南畑ダム、五ケ山ダムを経
あちこちオードリーにオリエンタルラジオがゲストで登場していた。流し見のつもりだったのに、あっちゃん(中田敦彦)の言葉が今の自分に刺さりすぎて、いつの間にか目が離せなくなった。そして、TVerで2週目を見てしまった。 オリエンタルラジオといえば吉本を退社して以来、地上波で見る機会がすっかり少なくなったが、YouTubeを根城にして自由に活動している。この番組でもテレビの世界やお笑い業界の歪みについて言いたい放題言っていた。 「いい子にしていればいつか自分の番(冠番組)が来ると思っていたかいつまでも来ない」 「ベルトコンベアがおかしなことになっている。(新陳代謝がされず)中間で廃棄されている。会長社長がいつまでも変わらず部長ばっかりが入れ替わってる感じ」 「(新陳代謝がされないせいで)30年前のお笑いが未だにオモロイと言われている。ビートルズが流行ったあとにマイケル・ジャクソンが出てきて、マイ
LINEマンガで名探偵コナンが18巻まで無料で読めるという広告を発見。実家に帰れば70巻くらいまで単行本の形で残っているけれど、なかなか帰ることもないし、帰ったときにわざわざ読むこともないので、ついインストールして読みふけってしまった。ストレスのある仕事が控えている週には、どうしてもこういう現実逃避に走ってしまう。 コナンは実際、18巻まででよいと思っている。灰原の登場までがクライマックスで、あとはよく覚えていない。逆に18巻までは死ぬほど読み返したので、今でも出だしを読めばだいたいの結論を思い出せる。そして自分の女性の好みはコナンで形成されていることにも気づいた。私は今、蘭の母さんみたいな人と結婚して死ぬ思いをしている。 大人になって読むと、毛利小五郎が37歳設定(今の自分と同世代?!)だったり、20代前半で社長とかゴロゴロいたり、とにかくスペックから推測される年齢よりずいぶん若いキャラ
komachi.yomiuri.co.jp この発言小町のコメント欄を読んで癒されている。 妻が絶賛排卵期中で、些細な雑談の行き違いや捉え違いレベルで火が付いたように怒り狂う。もうこんな日が4日連続で続き、さすがに自分も限界が来て、つい口答えしてしまった。排卵期なのをあなたもわかっているはずで、だからこの行き違いと怒りの分量のアンバランスは客観的に受け入れられないレベルであり、あなたの言い分や受け止めがすべて正しく、私の言い分や受け止めがすべて間違っていると延々と言われ、人格や育ちやルーツの中傷を浴び続け、出口のない悪口のスパイラルに巻き込まれ、「私の生理現象のおかげで子どもを授かるという恩恵を受けた夫として、私の言い分を全て受け止めるのは当然の責務」と考えるあなたの 強固な自己正当化はもうたくさんだ。そう思わず口走った。すると家の中のありったけのものを投げつけてきて、殴る蹴る、しまいには
自分は昔から「モノづくり」はやらないが、「コトづくり」に関しては割と熱中してしまうところがある。 新しいサークルを作ったり、既存の組織の中に新たな機能を持たせたり、プロジェクトを立ち上げたり、イベントを開催したり、というものだ。形あるものではないので、名前を刻むことができるわけでもないのだが、言い出しっぺの「あんどう」の名前は立ち消えたまま、いつのまにか定着し、伝統になっている「コト」というものが、今まで携わった様々な集団や組織に息づいていたりするのを一人眺めるのが人生の趣味になっている。 今勤めている会社でも、昨年4月から自分が言い出しっぺになって、新規事業を立ち上げた。事業の概要は控えるが、BtoBしかやってこなかった当社で初めてのBtoBtoC領域への参入。1年間の売り上げは全社の0.5パーセント程度だけど、順調に契約顧客数が増え、周辺の既存事業への波及効果も生み出すことができた。会
先日ふらっとコンビニに立ち寄った際、「ひなげし雨竜剣」というマンガが陳列されているのを目にした。「雨竜だと??」思わず二度見した『雨竜』の二文字。多くの日本人にとっては厨二心くすぐるキラキラワード以上のものではないかもしれないが、これ、れっきとした地名である。 この続きはcodocで購入
珍しく会社の代表メールに問い合わせが来た。聞けば、業務効率化セミナーの問い合わせらしい。担当エリアの顧客だったので、記載の電話番号に折り返しの電話をかける。 「早速折り返しありがとうございます。」担当は女性だった。「ご要望の背景教えて」と尋ねると、担当者はこう答えた。 「女性社員は家庭と仕事の両立に大変な思いをしていて、業務効率化するヒントを得て少しでも助けになれば、と。」 うーん。これは筋が悪いぞ。ただでさえこの国の女性は既にいっぱいっぱいで働いている。そこにさらに効率化せよ、と負荷をかけたら破裂してしまうんじゃないだろうか。私は、差し出がましいとは思いながらも、率直にその懸念を伝えた。 「聴いた限りではもう目一杯女性は頑張っているように思います。もしかしたらパートナーを含めた男性がもっと配慮したり頑張って解決すべき問題なんじゃないでしょうか。このまま効率化のセミナーを実施すれば、もしか
「男女共同参画白書 令和4年版」の内容が話題になっているので、一通り目を通してみた。 https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r04/zentai/pdf/r04_tokusyu.pdf ニュース記事だけ読んで軽々に反応するのではなく原典にあたってみると、100ページを超える大作で、話題になっている「20代独身男性デート未経験4割」の記述は、ほんのごく一部の要素でしかないことがわかる。 白書で言及されている他の内容について言及しようと思ったが、すでにメディアのプロがまとめていたので引用にとどめる。 私の関心はやはり「釣り」の思惑通り、「20代独身男性デート未経験4割」にある。国勢調査によると20代男性で独身者の割合が約7割ということで、28%の20代男性がデート未経験ということになる。結婚を望まないとか、今恋人がいないというのはわかる
先日本屋を徘徊していて発見した本。私は真面目なので、妻に「お前は発達障害グレーゾーンだ」と言いがかりをつけられても、一応その可能性を客観的に判断しようとする理性はあるのだ。 この本を読むと、一口に「発達障害」と言っても、その意味するところは恐ろしいほど様々なバリエーションを含んでいると言うことがわかる。「お前アスペだろ」「自閉症か」「サイコパスめ」「ADHDっていうんだぜそう言うの」「まじあいつコミュ障」などなど、素人が聞き齧っただけの用語を無責任に使い回して悪口を言っている場面は散々目にしてきたが、そうやって人のことを蔑視していた人間が果たしてその特徴の違いを精緻に理解していただろうか、という気持ちになった。一読しただけでは何が何やらかえってわからなくなるくらいだ。 自分は何に該当するかなと思いながら読んでみたところ、私は回避性愛着スタイルが一番高いかなと感じた。そしてむしろ妻が自閉スペ
「あなたはアスペルガー」「私はカサンドラ」ーー 妻が朝早くから発狂して離婚だと喚き散らし、家を飛び出した。私が追い出されることはこれまで度々あったが、妻が出て行ったのは初めて。狼狽える子どもたち。「おかあさんはべつのいえにくらすの?」と心配そう。「しばらくしたら戻ってくるよ。お父さんとは別々に暮らすかもしれないけどお母さんは一緒だよ」泣きながらもほっとしたような様子。父と離れるのは寂しいという感覚。母と離れるのは不安という感覚。生存する上で必須と判断するのは母親の存在のようだ。私の存在はどこまで行っても友人レベル。極論いなくても生きていける。そう認識されてるっぽいことがどことなく虚しい。 朝から口論してやる気も無くなってしまい、子どもたちをいつも通りに学校や保育園に通わせるのも可哀想な気がして全てお休みにする。暇になったから公園でも行こうか、と、のそのそと準備をしているうちに妻が帰宅。そし
「なんで本音を言わないのか」 朝から妻が超絶不機嫌。 「自分の考えがないあなたと暮らしていてもつまらない」 そう言って妻は家を出て行った。 そしてしばらくして「つまらない人の特徴」という記事をLINEで送ってきた。 私は私で、本音かぁ、と遠く空を眺めていた。 確かにたまに自分の考えを述べることはほとんどできていない。「あ、はい」「うん、わかったよ」ばかり。確かにそれではつまらないだろうと思う。私は私で妻に心を閉ざしてしまっている。ずいぶん傷つくことを言われてきたし、暴力も受けてきた。そのせいで鉄壁のガードをするようになった。付け入る隙を与えない。そのためには話を一切展開しない。それだけ。 結局妻が欲しているものは、妻が自ら遠ざけたのだ。自分の本音を述べていいことなどひとつもなかったと学習させておいて、私の本音を聞かないと不満を垂らすのは虫が良すぎやしないだろうか。そんなんでは語れるなんて心
「お父さん北海道帰ったら?」 3歳の次女がこんなことを言ってのけた。 妻が口論のたびに「北海道に帰れ」と言うもんで、そんなことを何度も耳にするうちに覚えてしまったのだろう。 子どもは残酷である。そしてそれをフォローしない妻もまた。 なんでも言い合えるのが気のおけない家族の姿と妻は言うが、私には殺伐としているようにしか思えない。
先週の土曜、長女の自転車の練習に付き合って近所をブラブラしていると、長女の保育園時代の同級生家族の車とすれ違った。向こうがこちらの存在に気づき、わざわざ車を切り返して戻ってきて、路肩に車を停めた。私たち家族が引っ越すために、別の小学校に通うことになったので、卒園以来2週間ぶりの再会だ。長女達が10年ぶりの同窓会かのように大はしゃぎする。 長女曰く一番の親友だったとのことだが、親同士LINEを交換しているわけでも無いので、保育園を卒園した今となってはこのような偶然ばったり出くわすくらいしか顔を合わせる機会がない。 先方も偶然の再会を名残惜しく思っていたのか、「今度の土曜日の午後に、K公園で保育園のお友達の集まる機会があるので、あんどうさんも来ませんか?」と誘ってくれた。「調整して伺います」と、今時珍しい口約束を交わして別れた。 そして今日がその当日。K公園は広く、何時という具体的な時間も取り
戦争が始まった時に読み始めて、読み終わるまでにずいぶん時間がかかってしまったが、戦争はまだ終わっていなかった。 ロシアの一連の侵略行為は論外としても、そもそもなぜこんなことが起きているのか?そもそもウクライナとは何なのか?そんなことを冷静に考えてみたくなった。情けなくなるほどウクライナの歴史について無知だった。 そこで手に取ったのが上記の本。初版は20年前だが、全く問題なく読み進められた。大国の栄枯盛衰を取り扱う書物はたくさんあるが、特定の土地に焦点を絞り、歴史的に定点観測した書物を読むのは新鮮だった。そうやって書かねばならないほどウクライナという土地、民族はあまりにも多くの大国に蹂躙され、翻弄され続けてきた。むしろよくぞこの歴史の風雪に耐え抜いてきたな、と思うほどだ。肥沃な大地を持ち、大国間の交差点に位置取っていることがかえって、独立勢力として地位を確立することを阻んだ。DICE WAR
今朝、長女に持たせたお弁当。肉じゃがを日曜のうちに作り、あとは冷食とか生野菜とかを適当に。 学童保育2周めに突入して、弁当はすこし慣れてきてかかる時間も減ってきたけど、朝からなかなかの疲労感。 色合いとか、前日とのかぶりとか、いろいろ考えることが多い。 限られたスペースに広がる小宇宙。意外とやれることは無限大。弁当レイアウトが夢に出てきそう。
期末の査定で最高評価がつき、人生で初めて100万超のボーナスをもらうことが確定した。営業成果は実際に残しはしたのだが、男のくせに過去に育休を累計で2年弱取ったり、経営陣の考える愚策に従順でなかったり、勝手に事業を有志で立ち上げそれが順調な滑り出しをしていたりと、私のことを嫌う一部の役員にとって「面白くない存在」と認識されており、どうせ査定も目減りするんだろうと思っていた。その見積りが良い方向に裏切られた。 査定の報告は今期から営業部長になった男からあった。部長から「いやー、今回は俺も頑張ったよ。あんどうの期待する額じゃないかもだけど、役員との交渉は精一杯やったつもりだ。これくらいで満足してもらえるだろうか」と告げられた。やはり一部役員からは査定を下げる圧力があり、部長が必死に私の成果を代弁し、一次考課の査定を死守してくれたのだ。この会社では事実を事実として認定させることが本当に難しい。役員
昨日は長女の学童初日and次女の保育園転園初日。学童には給食がないので、月の半ば過ぎまでお弁当作り生活のスタート。早起きして慣れない作業に取り組み、後で起きてきた妻にレイアウトや色合いのダメ出しを耐えいざ送迎。通行ルートの時間帯ごとの混み具合は今から情報が蓄積されるので、序盤は余裕多めの時間配分。 長女の学童登園はあっさりしたもので、建屋に抵抗なく吸い込まれていったが、次女の保育園は大変だった。 知らない先生、いない友達、遊んだことのない遊具。精神的にタフだなと思うことの多い次女も、この環境変化は堪えたらしく、「ここでは遊ばない」と頑として預かられることを拒否。無理やり引き剥がす格好になり、この世の終わりのように泣き叫んでいた。次女からすれば「一定時間ののちに必ず親が迎えにくる」という実績のない場所で放置されるのは不安で仕方がないのだろう。心苦しさをいっぱいに貯めながら園を離れる。 会社は
私がかつて育休を取得していた時期、最も印象に残っている文章がある。 dentsu-ho.com 私はこれを一読したとき「悔しい」と思った。自分とほぼ同じ経験をしながら、こんなに多様な着眼点があるのか、こんなに鮮明な言語化ができるのか、と感嘆した。さすが電通。言葉で飯を食ってるだけあるわ。一般人のブログなどお話にならないな、と打ちのめされて、自分の体験を文章にする意欲の湧かない時期がしばらくあった。「魚返」という著者の個性的な苗字も、初読から数年たった今でもなぜか頭に残っていてすぐに検索がかけられてしまう。自分にとってはそれほどの衝撃だった。こういう人がザクザクと荒稼ぎするんだろうなぁ、と自分と違う世界の住人に勝手な羨望を抱いていた。 この文章の中に「ハレ」と「ケ」についての言及がある。詳しくはリンク先に飛んでもらえればと思うが、育休界隈にのこのこ出てくる男どもは一様に「ハレ」の場での棲息を
「あなたは精神的にめちゃくちゃ脆い。不安、恐怖、疑念に常に苛まれている。でもその脆さを認められず、分かち合えもしない。タバコ、酒、ギャンブルなどの代償行動で発散することもプライドが許さない。だから全て己の理性だけで自分の脆さをねじ伏せようとしている。しかし不安、恐怖、疑念が解消されたわけではないので、禁断症状のような形で不自然な挙動、言動として漏れ出ている。その漏れ出た禁断症状が不可解で不愉快。そしてそんなに不安の吐露、恐怖の告白、疑念の共有ができないということ自体にも傷つく。私はそんなに信頼に足らない存在と思われているのか。あるいはあなたの悩みを理解できる知能が足りないとでもお思いか。いずれにしても失礼。あなたの悩みを理解できるし、解決の時は味方でいる。そこの信用がないのではと疑う。個人的な特性であることは理解しようと努めているが、いい加減悩みを打ち明ける勇気を持って。」
ついに土地持ちになってしまった。(抵当権付きだけど)。35年○千万ローン人生の開幕である。私はつい1年くらい前まで筋金入りの賃貸派だったのに、それがいまやコテコテの長期ローンマイホーム派に転向してしまうのだから人生はわからない。 もともとなぜ賃貸派だったか。それは「ひとつの土地に縛られたくない」という思いからだった。東日本大震災もあった。九州では熊本で地震が起き、毎年のように九州全域で集中豪雨の被害を受けている。今生活している土地が、自分が老後を迎えたあとも現在と同様に生活可能な環境であるかなんてだれにもわからない。天変地異がなくとも、近隣の土地開発やお隣さんとの不和、子育て環境の変化、転職など、細々とした生活の変化は今後も絶え間なくあるだろう。少なくとも40年後も今と同じでないこと「だけは」分かりきっているのに、それでも土地を買い家を建てるのだから酔狂と言わざるを得ない。そう私は結論づけ
今週のお題「冬のスポーツ」 札幌で過ごした学生時代の思い出として、「新たな冬スポーツを開発しよう」という馬鹿なノリで過ごした日々がある。当時住んでいた学生寮の、いかにもモテない男どもで寄り集まって「スノボとかチャラついた遊びなんかやってらんねー、せっかく最高学府にいるのだから己のインテリジェンスを恃みにして、新たなスポーツでも開発しようではないか」と意気込んだのだ。 最初の大志こそ勇ましいものの、所詮田舎大学の知性をかき集めたところで独創性のあるスポーツの開発には至らず、既にあるスポーツの二番煎じやパロディに過ぎないものばかりではあったが、あまりに馬鹿馬鹿しくて腹の捩れる企画が多かったので、思い出せるだけ書き記しておく。学生には誰かが考えた既存の娯楽の消費で満足せず、自ら創造する開拓精神を逞しくしてほしいなと思う。 ◎雪中ラグビー これはかなりおすすめ。ルールはラグビーと一緒。フィールドが
今朝、保育園に登園すると、長女の同級生のお母さんとすれ違った。マスク越しにでもわかるほど顔面蒼白で、眼の下のクマが尋常ではなかった。こちらのご家庭は半年ほど前に第2子が生まれており、「あぁ、、ちょうど夜泣きで徹夜の時期だな」と察した。ご愁傷様です。この家庭の父親は保育参観のときにしか見たことがない。私は長女次女ともに、ミルクと哺乳瓶片手に夜泣き時期の担当を完遂した経験があるので、あの地獄の日々の苛烈さは思い出すだけで吐き気がする。深夜3時頃、1時間近く抱っこしても一向に泣き止まない赤ん坊を抱えてベランダに佇んでいるとき、しびれる腕の痛みと朦朧とした意識の中で、「あぁ、これは衝動的にベランダから我が子を投げ捨ててしまうかもしれないな」と人外の境界線に足をかけていたことを思い出す。家庭によって色々事情はあるのだろうし、私のように夜泣き担当を完全に男性がやり遂げろとまでは言わないけれど、せめて送
私は18歳まで北海道の寂れた寒村で過ごした。暮らし向きが貧しいわけではなかったが、ただでさえ人口が少ない町の、中心部からさらに離れたところに実家があったもんで、小、中と同年代の子どもたちと気軽に遊ぶ機会が容易に得られなかった。当時はゲームボーイ全盛期。中でもポケモンは誰しもがやっていて、通信ケーブルを買ってもらえる少し裕福な家庭の子どもは周囲から羨望の的だった。もちろん私も通信ケーブルは持っていなかったが、たとえ買ってもらえたとしても交換する相手が近所にいなかった。徒歩圏内に駄菓子屋なし、雑貨屋なし、おもちゃ屋なんてもってのほか。年に一回、クリスマスの時期に車で1時間半かけて大都会の旭川(!)に馳せ参じ、「オモチャのたもちゃん」でプレゼントを買ってもらうのが唯一のおもちゃ屋体験だった。サンタなんて粋な風習は我が家にはなかった。 「オモチャのたもちゃん」は2021年に閉店されたようですね…
kkawasee.hatenablog.com この本を読んでから早速夫婦げんかが勃発したのだが、諍いを収束する上で早くも役に立った。 参考になったのは「本質」と「現れ」の議論のパート。 なにか妻と私で話がいつまでも噛み合わないなぁと思っていたら、「表出した行動や発言」と「その行動や発言をした人間の人間性」との紐付けがまるきりあべこべだ、ということを発見した。 例えば私が妻にこだわりがあると思うテーマについて、そのこだわりを「尊重」して「発言を控える」とする。この場合、私の「現れ」は「発言を控える」ことで、それによって「あなたを尊重している」という私の「本質」を受け取って欲しいと願っている。 しかし、妻にとって見れば「発言を控える」という「現れ」は、「依存」という「本質」とガッチリつながっちゃっている。そのため、妻は私の「発言を控える」という「現れ」を感知して、「あなたは自分に意見のない苦
私はかつてほぼ日手帳ユーザーだった。 学生時代の女友達が、mother2をプレイするためだけにスーファミを保有するほどの糸井重里狂で、そこから転じてほぼ日を使っていた。その子のサブカルに精通している感じとか、劇団サークルを主催する姿が当時の私には「イケてる」大学生のように映った。彼女の泳ぐ世界に疎いことへの気後れを感じていた私は、猿真似から始めてみたのだった。 彼女に勧められるがままに、村上春樹に手を出し、斉藤和義を聴き、古着屋をハシゴし、ヴィレッジヴァンガードに通ってみたりした。まるきり「ぼくのかんがえたさいきょうのシモキタせいかつ」のような、取ってつけた上滑りの文化人気取りは、彼女がメンヘラとなった途端に終焉を迎えた。私はようやく正気を取り戻したかに思えたが、ほぼ日手帳だけは彼女と仲良くつるんでいた短い期間のうちに、私の生活習慣へとしっかりと組み込まれてしまったのだった。 当時の手帳に
長女の卒園式and入学式に着る服を調達しにショッピングモールへ。店頭では妻のお気に召すものがなく、ネットで注文することになったので、その物色のための時間を確保するために室内遊び場で時間を潰すことに。 遊び場の中でふと目につく一団がいた。小学生〜年少くらいの三姉妹で皆一様に、髪に色を入れていた。なんか雰囲気悪いなぁと思ってそれとなく様子を見ていたら、長女が次女と三女を追っかけ回して、胸ぐらや肩紐を引っ掴み、妹たちの頭に何度も平手を振り下ろしていた。妹たちはいつものことなのか意に介さず、むしろそれを無邪気にゲラゲラと笑い流し、むしろ姉を挑発するように逃げ回っている。長女は能面のような顔でなおも追いかけ回し、捉えては平手を打つ、を繰り返している。ちょっと異様な「かわいがり」だった。 長女の顔をまじまじと見ると、目の下にクマがあるのが目立つ。やせぎすで血色も悪く、「老けている」と感じた。周囲を見て
「あーちゃん(妹)、おねぇちゃんに何にもかなわんもんね。」 今朝の保育園登園時に、長女が出し抜けにこう言った。 とても嫌な気分になったのでめちゃくちゃに怒った。 6歳と3歳で3年も離れていて知能体力で絶対的に優位な相手に対して、わざわざそのことをあげつらって相手の立場を下位に固定しようとしたがる心性を醜いと感じたのだ。 ・姉妹の差は所与のもので自分の手柄のように誇るようなもんじゃない。 ・そういうどうしようもない差のことでマウンティングされることがどれほど気分悪い扱われ方なのか想像できない人間はダサい。 ・仮に能力が高く、それが自分の努力の賜物で、誇らしく思ったとしても、周囲から嫌われるような言動をしていたら、他人はその能力を高く評価したくなくなる。 まぁこんなことをできるだけ子どもがわかるような言い方に翻訳して伝えた。 多分伝わってはいないが、いずれわかってくれれば良い。 長子というのは
勤め先ではサイボウズを使っているのだが、今年の4月に営業体制が一新した際、課長が顧客の付替えをやるためのアプリを使用した。 何万件とある顧客のうち、どの顧客を実際に訪問していて、どの顧客は名簿にあるだけで放置したままなのかを洗い出すためのもので、営業担当が一軒一軒「訪問」「未訪問」とクリックしていくというあまりに頭の悪い仕組みだった。 アホくさいので誰も入力をせず、かといって「未入力が〇〇○件あります」の通知を消すには〇〇〇件の入力をしないと消せないので、鬱陶しいなと思いながらもその気持ち悪い状態を放置する、ということを営業全員が選んだ。 そしてはや半年。 課長は入力を催促するでもなく、少しは入力された分のリストだけでも活用するでもなく、「未入力が〇〇〇件あります」の死骸だけがトップページに浮遊する状態が半年続いた。私は東京本社にいないので本社のメンバーが誰か指摘しろよなと思っていたが誰も
次のページ
このページを最初にブックマークしてみませんか?
『un deux droit』の新着エントリーを見る
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く