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大谷翔平
blog.goo.ne.jp/tsuguji19
古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。 「今はないあの名高い帝国ホテルを建てたフランク・ロイド・ライトは、大正八年自分の助手としてアントニン・レーモンドを 呼んだ。レーモンドはチェコで生れパリで学んだアメリカ国籍の若い建築家である。 ライトは帝国ホテル落成と共に日本を去ったが、レーモンドは以後なん十年東京に残ってアメリカよりむしろ日本で一流に なった。レーモンドは大正の震災前の東京を知っている。どんな普請でも一日で棟上する大工の建前を見て、まるで神業だ、 日本の大工は世界一だとほとんど尊敬した。 その影響で木造建築の近代化を試みた。吉村順三、前川国男はその弟子である。戦争中はやむなくアメリカへ去ったが、 戦後再び日本へ帰った。レーモン
古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)の著書「完本 文語文」の「あとがき」から。 「文語文は平安の昔の口語が凍結され、洗練に洗練をかさねて『美』と化したものである。洗練の極次第に末梢的かつ 煩瑣になった、そこへたまたま明治のご一新である。横文字の侵入をいかに消化するか、文語文は悪戦苦闘してにわかに 生気をとりもどした。」 「保険や銀行はそれまでなかったものである。明治の人は保険を命請負(いのちうけおい)、災難請負、銀行を銭屋(ぜにや)と 訳したが識者の採用するところにならなかった。いずれも微笑をさそう名訳だがえらそうでない。えらそうな漢語訳のほうが 採用されて今日(こんにち)に及んでいる。 文語が口語に転じたのは『欲』である。口語ならかゆい所に手がと
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