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衆議院選挙2026
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秋田市在住でフリーの記者としてジェンダーやセクシュアリティ、人権について発信している三浦美和子さんの新連載『私たちはつながっている』。第1回をお届けします。 ZINE「地方でこっそりフェミニストやってます。〜この社会で生きるために隠れているあなたに〜」ジェンダーを考えるひろしま県民有志(三浦美和子撮影/2026年) この冬、広島の女性たちがつくったZINE(冊子)を読みました。 タイトルは、「地方でこっそりフェミニストやってます。〜この社会で生きるために隠れているあなたに〜」。地方の息苦しさ、生きづらさが、そこに暮らす人の言葉でつづられていました。まえがきには、こんな一文がありました。 〈地方でフェミニストとして息をひそめるように暮らす「隠れキリシタン」のような私たち〉。 隠れキリシタン、という言葉を目にしたとき、ここにもいます、と小さく手を挙げたくなりました。 秋田の雪の海(三浦美和子撮
デイサービスで出会った103歳のハルモニの手。(安田菜津紀撮影) ※本記事では差別文言を記載している箇所がありますのでご注意ください。 「在日1世たちに介護保険制度について説明して回っても、『お前たちだまされてる、俺たちが使えるはずはない』『あれは日本人のものやろ』って言い切るんです」 在日コリアンの高齢者にデイサービスを提供する京都の施設を取材したとき、「国籍条項がなく介護保険制度が始まったことを当初はなかなか信じてもらえなかった」と、職員たちは振り返った。 社会保障からはじき出された人々 日本でこの制度が始まったのは2000年のことだ。これまでの歴史的な経緯を振り返れば、「使えるはずがない」と思い込む高齢者たちがいるのも無理のないことだった。公的福祉からはじき出され、「自力で何とかする」ことが当たり前だと思ってきた世代だ。 戦中、植民地支配下にあった朝鮮半島の出身者は、1952年に発効
外国ルーツの人たちを排斥する言葉や、差別をあおる言説が拡散されています。昨年の参院選では、選挙演説で排外主義的な主張やヘイトスピーチが展開され、今回の衆院選でもそうした行為がすでに繰り返されています。また、三重県の県職員採用に国籍要件を復活させる動きなど、選挙とは別の場面でも排外主義が加速しています。「STOP排外主義!近畿弁護士有志の会」のメンバー、弁護士の上林惠理子さん、中井雅人さんと一緒に考えていきます。 上林惠理子さん(左)と中井雅人さん(右)。(本人提供) 三重県「国籍要件」復活の動き ――三重県の一見勝之知事が、一度撤廃した県職員採用の「国籍要件」を復活させる方向で検討を始めました。1999年に撤廃(※)されて以来の大きな方針転換ですが、このニュースを最初に聞いた時の率直な受け止めは? (※)地方公務員の国籍要件は、高知県を皮切りに全国へ見直しの動きが波及した。三重県は1999
選挙ヘイト――社会の土台を浸食する課題を置き去りにしたまま、衆院選が始まった。 昨年(2025年)7月の参院選では、選挙戦を通じて政党や候補者による排外主義の煽動が行われ、深刻な人権侵害を引き起こした。その状況に危機感を抱いた市民団体らが緊急共同声明を発出し、1,159団体の賛同が寄せられた。 市民社会が警鐘「デマが民主主義を壊す」―参院選と排外主義2025.7.9 衆院選を通じてさらなる状況の悪化が懸念される中、1月26日、再度市民団体らにより共同声明が発出され、記者会見が行われた。 声明で求めているのは下記の3点だ。 ①各政党・候補者は、外国⼈に対する偏⾒を煽るキャンペーンを⾏わず、差別を批判すること ②政府・⾃治体は、選挙運動におけるヘイトスピーチが許されないことを徹底して広報すること ③報道機関は、選挙運動についてファクトチェックを徹底するのみならず、デマやヘイトスピーチもあたかも
授賞式でスピーチを行うトングラミ代表の平賀萬里子さん。(佐藤慧撮影) 昨年(2025年)12月1日、川崎朝鮮初級学校で給食ボランティアに取り組む「トングラミ」、そして在日ラテンアメリカ系住民に母国語での電話相談を提供している「横浜いのちの電話外国語相談」が、神奈川県弁護士会の人権賞を受賞した。 30年以上にわたり電話相談を実施してきた「横浜いのちの電話外国語相談」でコーディネーターを務める藤井豊美さんは、「誰かが自分の話を聞いてくれるだけで、心がふっと軽くなる瞬間があります」と語った。 「人生では誰もが困難に直面します。経済の不安、人間関係の悩み、健康の問題、こうした重みは心に大きな影響を与えます。さらに異国で暮らす場合、その重さは一層増します。文化の違い、言葉の壁、家族との距離、不安定な労働環境。それらは無力感や孤独、絶望に心を深く傷つけます。だからこそ、母国語で安心して話せる場所は、と
グレーのタイルに落ちていたレインボーの紙と草履(田口ローレンス吉孝撮影/2025年) 2025年11月29日。青山学院大学スクーンメーカー記念ジェンダー研究センターが主催したシンポジウム『「やまとフェミニズム」を解体する ―私たちのフェミニズムが人種主義・民族主義・植民地主義と決別するために。―』に、登壇者の1名として参加してきた。 表題の「やまとフェミニズム」とは、同じく登壇者の1人である文化人類学/民俗学、ジェンダー・セクシュアリティ研究の専門家である荒木生(あらき・うぶ)さんが考案したものだ。そして、このシンポジウムは、「現在の日本におけるフェミニズムを人種主義・民族主義・植民地主義の視点から問い直す」ことを企図して開催された。 つまり、「日本のフェミニズム」あるいは「日本人フェミニズム」とは言わずに、あえて「やまとフェミニズム」と名指すことで、フェミニズム内にある植民地主義や人種主
「差別している側も、デマなどの被害者ではないか」――。あるとき、講義の出席者からそんな質問を受けたことがあった。日本の難民認定の低さ、制度の不備により無国籍状態で生きる子ども、在日コリアンに対するヘイトデモや脅迫の年賀状など、国内で取材してきたことを伝えた後のことだった。 私はその疑問をすべて否定したいとは思わない。「差別している側」と一言で表現しても、様々なグラデーションが存在している。各地で行われているヘイトデモに参加はしないまでも、デマなどに触れ、“何となく”偏見や差別的な“イメージ”を持ってしまっている場合もあるだろう。私の身近な人が露骨な差別的表現を用いて驚いたこともある。(その人は、なぜそう思うのか?、と話し合うなか、その人は少しずつ考えを変えていった) かく言う私の中にも、何かしらの差別心はきっとある。けれどもそれに日頃は気づけない。なぜなら差別は不平等の問題であり、「踏んで
難民や移民について、恐怖心を煽ったり差別を扇動するようなデマやヘイトがSNSなどで広がっています。難民に関する正しい知識や、広く理解してもらうための発信が一層必要とされていますが、報道や発信のされ方によっては、難民の方自身や関係する人たちに重大な被害を及ぼしてしまうこともあります。 難民について発信するために知っておくべきことや、報道時に必要な配慮、そして難民の方々の思いについて、認定NPO法人難民支援協会(JAR)・代表理事、石川えりさんにお話いただきました。 石川えりさん(本人提供) 難民とはどのような人たちか そもそも難民の方々とは、迫害をおそれて故郷に帰れない人たちです。もし送り返されたら、命の危険や人権侵害のおそれがある事情をそれぞれが抱えています。 たとえば、民主化を求める政治活動が原因で刑務所に入れられ、食事も満足に与えられず、夜も眠らせてもらえなかったという人や、共に活動し
記録館内の展示。集団発砲の際、逃げ惑う市民の足から脱げた靴が路上に散らばっていたという。(安田菜津紀撮影) 2024年12月3日、尹錫悦大統領(当時)は「従北(北朝鮮に追従する)反国家勢力の撲滅」を口実に、突如戒厳を宣布し、一切の政治活動を禁止した。韓国メディアが配信する映像から流れてきたのは、民主化を成し遂げたはずの現代に、戒厳軍が再び市民の前に現れ、武装して国会に突入しようとしている様だった。光州で取材した人々は口々に、「45年前の記憶が呼び起こされた」と語った。 1980年5月、光州では、民主化を求め抗議の声をあげる市民たちが、戒厳軍による激しい弾圧を受けた。「アカの仕業」「北が介入した暴動」という当時の不当な“レッテル”は、今も根深く社会に巣くう。 被害を受けた人々のトラウマについて、民主化前から地道に調査、研究を重ねてきたオ・スソンさんらが、光州民主化運動(日付をとって「5.18
――生活保護基準の違法な引き下げの背景には、政治家による生活保護バッシングがありました。政治家が生活保護を率先して叩く姿勢については、どのように考えますか? 実害も出ていますし、支援の現場にいる身として本当にやめてほしいと思います。 2012年のバッシングでは、生活保護を利用することをためらう人がすごく増えたと感じました。それが10年以上経った今も継続しているということを、日々現場で感じています。政治の責任、マスメディアの責任もあるのだろうと思います。 「生活保護を受けるのは恥ずかしい」というような声を、生活相談の場面でよく聞きます。恥ずかしいと思いこまされている状況です。生活保護を利用した後も、「生活保護を受けていいのだろうか」「不遇なこともあるけれども、 生活保護を受けているのだから仕方ない」という声をよく聞きます。 「生活保護を受けることに偏見を持つ社会の目によって、権利である生活保
沖縄・コザの歓楽街「照屋銀天街」(田口ローレンス吉孝撮影/2025年) 『宝島』という作品と出会う 映画『宝島』を観た。米軍施設からうばった食品や物資を民衆に配る英雄「戦果アギヤー」の存在を中心に据えながら、それらをめぐる沖縄の人々の戦後を描いている。繰り返される米兵の婦女暴行殺害事件、宮森小学校米軍機墜落事故(59年)、コザ騒動(70年)など、実際に起こった事件も映し出され、いまだに続く米軍基地の問題と奪われた土地と人々の命の重み、そして日本とアメリカへの痛烈な批判を訴える作品だ。 そして、映画を観た後に、やはり原作・小説『宝島』を読みたくなった。 沖縄のことを書こうと思ったら、当然覚悟がいるよねぇ。 自分の立場をまずは考えてしまう。 沖縄のルーツがあっても、ヤマトゥとアメリカーのルーツがある私ですらこれ以上ないぐらい悩むのだから、大和人(ヤマトンチュ)であれば当然悩むはずでしょう。 答
厚労省で行われた記者会見の様子。(安田菜津紀撮影) 「最良、最善の判決に、最悪の行政」――2025年11月7日、都内で開かれた記者会見で、いのちのとりで裁判全国アクション共同代表・藤井克徳さんはそう指摘した。最高裁で違法とされた生活保護基準引き下げについて、国が判決の意義に背を向け続けているからだ。 安倍政権下の2013~15年にかけて、生活扶助基準が平均6.5%、世帯によっては10%という、過去最大の引き下げが行われている。その違法性を問う「いのちのとりで裁判」は、29都道府県で、千人を超える原告によって提起されていった。 大阪訴訟と愛知訴訟のふたつの裁判の統一判断として、最高裁は2025年6月27日、引き下げを違法とした。 これまでの経緯については下記記事にまとめている。 しかし原告への謝罪など、真摯な対応がなされないまま、国は今後の対応のあり方を審議する「専門委員会」の設置を一方的に
「いのちのとりで裁判 10.28大決起集会」の様子。(安田菜津紀撮影) 「さもしい顔して貰えるものは貰おうとか弱者のフリをする国民ばかりになったら日本国は滅びてしまう」――かつてそう言い放った人物が、首相となった。新たに発足した内閣では、生活保護を「恥だと思わなくなったのが問題」と発言した片山さつき議員が財務大臣となった。 これらは単なる「失言」と片付けられるものではない。2012年末の衆院選で自民党は生活保護費の一割削減を公約に掲げ、翌年以降、それに沿うような生活扶助基準(生活保護基準のうち生活費部分)引き下げが行われていったのだ。 その大幅引き下げを違法とした最高裁判決から4ヵ月が経った10月28日、原告や支援者らによる「いのちのとりで裁判 10.28大決起集会」が都内で開催され、会場・オンラインあわせて1400人が集った。 これまでの経緯を振り返る。安倍政権下の2013~15年にかけ
水俣第一小学校裏に残る防空壕跡。(安田菜津紀撮影) ※本記事では差別文言を記載している箇所がありますのでご注意ください。 ※戦前の日本窒素財閥を含め、チッソという呼称で統一しています。 子どもたちのにぎやかな声が、教室や校庭から風にのってかすかに届く。水俣第一小学校裏の小道を歩くと、鬱蒼と生い茂る下草の隙間から、白みがかった土嚢袋の山がわずかにのぞくが、その先に続くはずの横穴は塞がれ、中を見通すことはできない。斜面にはこうして、戦時中に掘られた防空壕の跡がぽつりぽつりと残されていた。 日本が敗戦を迎える1945年、3月29日の空襲を皮切りに、現在の熊本県水俣市は度々爆撃を受けている。チッソの水俣工場では、火薬や戦闘機用防風ガラスの原料が日夜生産されており、それらが標的となったとされる。 チッソは後に確認される水俣病の原因企業だが、同社の加害は日本国内だけに留まらない。むしろ水俣病事件の「源
判決が下された東京高裁。(安田菜津紀撮影) ※本記事では訴訟の内容をお伝えするために、差別文言を記載している箇所がありますのでご注意ください。 「なぜ裁判官たちは、小さな部屋で警官たちが3歳の少女をひとりで聴取し、脅すことが合法であると信じているのでしょうか。なぜ母親と罪のない子どもの平和な生活を破壊することが合法なのでしょうか」 事件から4年以上が経った2025年10月16日、高裁判決を受けて、訴訟を提起したAさんはこう訴えかけた。「母子不当聴取裁判」を巡り、部分的にではあったが、Aさんの訴えは認められ、東京高裁は計66万円の賠償を東京都に命じた。しかし司法が違法性を認めたのは、ごく一部に過ぎない。 公園で受けたヘイトスピーチ、3歳の娘たったひとりを聴取 事件は2021年6月に起きた。訴状や代理人弁護士らによると、都内に暮らす南アジア出身のムスリム女性Aさんが、近所の公園で3歳の長女を遊
「あなたたちが写真に撮った場所はもうないから。だから、こんな場所があったっていうことを、世界に伝えて」 虐殺が続くガザ地区から、友人がそんなメッセージを送ってきた。彼女が案内してくれた市場、港、学校――。降り注ぐイスラエル軍の爆弾と砲撃は、こうした暮らしの場を粉々にしていった。 イスラエルは今回の侵攻前から、ガザの周囲を壁やフェンスにより完全封鎖し、ただでさえ厳しかった人と物の出入りを制限してきた。事実上の「占領」は綿々と続いてきたのだ。 外界から切り離されれば、無論、自力での生活は困難となる。ガザでは人口の半数が、国連からの食糧支援を命綱としていた。電気も通信環境も十分ではなかった。 こうした隔絶状態が「天井のない監獄」とも形容されてきたが、「監獄」とは罪を犯した人間が収容される場所だ。この不条理を生きる人たちが、なんの「罪」を償わされているというのか。 ジェノサイドが始まる前から「異常
「この山の裏手には朝鮮人飯場がありました」 1938年、戦時体制下で、兵器製造などに不可欠な鉱物資源の国内生産を増やすことを目的とした「重要鉱物増産法」が制定されると、石炭の採掘は戦力増強のための最重要産業のひとつに位置づけられた。徴兵や軍需工場に多くの国内労働力が割かれる中、朝鮮半島からの強制的な動員は、全国各地の炭鉱で進んでいく。 かつて福島県双葉郡富岡町から、茨城県日立市まで広がり存在した「常磐炭田」も、そうした過酷な搾取が行われた炭鉱の集まる場所のひとつだった。戦時下の1943年には388万トン(全国比7%)もの石炭が掘り出されたが、それは徴用や学徒動員、そして多くの朝鮮半島出身者らを酷使しながら産出されたものだった。 消耗品として「使い捨て」 見渡す限り、豊かな緑が広がっている。現在の福島県いわき市周辺は、明治・大正・昭和を通じ、京浜工業地帯に一番近い石炭産出地として、侵略戦争に
横網町公園の朝鮮人追悼碑に捧げられた花。(安田菜津紀撮影/2024年9月1日) 2025年9月1日、関東大震災から102年を迎える今年も、東京都墨田区横網町公園で「朝鮮人犠牲者追悼式典」が執り行われ、酷暑の中多くの人々が祈りに訪れた。虐殺は果たして「過去のこと」なのだろうか。ルーツや属性のみで数多の命を奪った構造は、今も世界に、そしてこの日本社会にも残り続けてはいないだろうか――。 抹殺しても構わない ガザでの虐殺が始まってから1ヵ月近くが経とうとしていた時、イスラエルの閣僚のひとりが、ガザに核爆弾を落とすことも「選択肢のひとつ」と言い放った。イスラエルは核拡散防止条約(NPT)に非加盟だが、事実上の核保有国として知られ、閣僚の発言はその保有を公然と認めるようなものだった。 こうした言葉が飛び出すのは、「核兵器で抹殺しても構わない」と、ガザの人々を人間扱いしていないからにほかならない。国防
那覇・国際通りで見かけたお店のシャッター(下地ローレンス吉孝撮影/2025年) 「あぎじゃびよー!」 私はそれまで、母がときおり発するその言葉を、一度も他人から聞いたことがなかった。 家の外では一切聞かず、家の中だけで話される言葉。 これがどうやら「おきなわのことば」だと知ったのは、だいぶ後のことだ。 その言葉の正確な意味をどこかで教えられたことはなかったが、 ニュアンスはだいたいわかっていた。 「わぁ、大変だ」というような意味の、感嘆表現だ。 しかし、秋田に住んでいた時も、東京に引っ越してからも、この言葉を母親以外の人から聞いたことがなかった。 この原稿を書いている今まさにこの瞬間にも、ワードの自動校正機能による赤い波線がこの言葉の下に引かれてしまっている。 まるで、正しくない、間違っている日本語だ、と言わんばかりだ。ひどいよね。 自分の身近にあって、身知らぬもの。 自分の内面にあって、
Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル)は、写真や文章、多様な表現を通じて、世界中の人々が対話に希望を見いだせる世界観を伝えていきます。国家・人種・宗教・性別など、あらゆる境界線を乗り越えた平和な世界を目指して。
最高裁弁論後に参議院議員会館で行われた集会で。(安田菜津紀撮影) 「それは与党でございますから、責任は無いということはないと思いますけれども…..当時の議論の経過も、いっぺん検証してみたいと思います」 2025年7月20日、JRN開票特別番組に出演した筆者が、「いのちのとりで裁判」について問うたとき、自民党の森山裕幹事長はしどろもどろながらにこう返答している。 自民党の議員らによるバッシング 「責任は無いということはない」どころの話ではない。 「生活保護を恥と思わないのが問題」(片山さつき議員)、「さもしい顔して貰えるものは貰おうとか弱者のフリをして少しでも得をしよう、そんな国民ばかりになったら日本国は滅びてしまいます」(高市早苗議員)など、党の議員らがバッシングを扇動してきた経緯がある。その上、2012年3月に発足した生活保護に関するプロジェクトチーム(座長は世耕弘成氏)は生活保護費削減
80年前の8月も、まとわりつくような湿気と熱気に覆われていたのだろうか。心の中がどこかざわめき、落ち着かない夏。この“ざわざわ”の正体は一体何だろうか。 あれは大学生の頃だった。戦後64年の夏に、64歳年上の飯田進さん(当時86歳)と東京新聞の企画で対談をさせてもらうことになった。飯田さんはニューギニア戦線に派兵された元BC級戦犯だ。その後も度々飯田さんの元を訪れては、少しずつ、当時のこと、そして今の時代を見つめる心の内を伺うことになる。 BC級戦犯とは、「通例の戦争犯罪」や「人道に対する罪」に問われた人々のことを指す。ニューギニアに派兵された1943年、飯田さんは二十歳になった頃だった。補給路を断たれた上に、“魔境”と呼ばれるほどのジャングルの中をさまよい歩いた。部隊の大半が、銃撃戦ではなく飢えや赤痢でばたばたと死んでいった。病に侵された兵たちが、「殺してくれ」と自身の腕の中でうめきなが
収容所に連行された人々の遺品の靴(佐藤慧撮影:アウシュビッツ=ビルケナウ博物館/2017年) 7月に行われた参院選では、「日本人ファースト」や「終末期延命治療の全額自己負担化」など、命の選別をするような言説が目立ちました。 かつてナチスドイツは、障害のある人への強制不妊政策として通称「断種法」を制定し、「T4作戦」と呼ばれる殺害計画が実施されました。 日本では、1948年から1996年まで続いた優生保護法を違憲とし、国に賠償を命じる最高裁判決が昨年(2024年)下されました。 こうした背景にある「優生思想」に抗うために、必要なこととは何かー。NPO法人日本障害者協議会代表の藤井克徳さんと考えていきます。 藤井克徳さん(本人提供) 優生思想とは何か? ――「優生思想」とは、そもそも何を意味するのでしょうか? 古くはギリシャ時代に遡りますが、近代の優生思想の源は、1883年にチャールズ・ダーウ
ヨルダン川西岸地区アイーダ難民キャンプにイスラエル軍が築いた分離壁(2015年5月©高橋真樹) 本記事はノンフィクションライターの高橋真樹さんによる寄稿記事です。高橋さんは持続可能性や人権問題をテーマに取材・執筆を続けており、国際協力、核廃絶、パレスチナ難民支援などに携わってこられました。高橋さんの新刊『もしも君の町がガザだったら』(ポプラ社/2025年7月24日出版)では、本記事インタビューの一部が掲載されています。 パレスチナの人々に激しい攻撃を加えるイスラエル軍や社会のあり方に疑問を持ち、イスラエルを離れた家族がいる。2024年2月、イスラエル人のリラン・ベンアミさん(45)と北原葉子さん(50)のご夫婦は、幼い息子を連れて、日本に移住した。 建築家のリランさんと、クリエーターの北原さんは、2006年からイスラエル最大の都市・テルアビブに暮らしてきた。しかし、2023年10月7日のハ
判決後、最高裁から出て門に向かってくる原告、弁護団。(安田菜津紀撮影) 2025年6月27日15時過ぎ、炎天下に集まっていた大勢の人々の一部から、拍手と歓声が聞こえてきた。どうやらニュース速報で、先に「結果」を知ったようだ。涙をこらえるような表情で、最高裁のガラス扉が開くのを、今か今かと見つめる支援者の姿もある。やがて弁護団と原告が、手を振りながら門に向かってきた。歩みがゆっくりの原告を待ち、9本の旗を並べた。 「逆転勝訴」 「保護費引下げの違法性認める」 「司法は生きていた」 生活保護基準引き下げの違法性を問う「いのちのとりで裁判」は、29都道府県で、千人を超える原告によって提起されていった。大阪訴訟(大阪高裁で原告敗訴)と愛知訴訟(名古屋高裁で原告勝訴)のふたつの裁判の統一判断として、最高裁は原告の訴えを認めたのだ。 大阪の原告、小寺アイ子さんが満面の笑みで掲げた旗には、「だまってへん
――初めて日本に向かうとき、どんな思いを抱いていましたか。 初めて日本へ向かう船に乗った時、とても気分が悪かったです。亡くなった叔父や多くの犠牲者たちが、船でどんなに辛い思いをしたのだろうかと考えると、胸が締め付けられました。私たちは、寝る場所もある旅でしたが、あの時、炭鉱へ連れていかれた人々の道中は、そんなものではなかったのですから。 ――叔父さんが連れていかれた当時の状況で、どんなことが分かっていますか。 私の叔父もそうだったようですが、連行される時、田舎には炭鉱の募集人が来ていました。村ごとに割り当てがあり、必ず誰かが連れていかれます。(※1) 地域の巡査が労働者を集める村を決め、適当に人を選んだといいます。あるいは募集の際に、「日本に行けばたくさん食べられて、お金も稼げる」と説明し、騙して連れて行きました。田舎は重税で生活が苦しかったので、何が待ち受けているかも知らずに、そうした言
外国人人権法連絡会発行「人種差別撤廃法モデル案ガイドブック」。(佐藤慧撮影) 外国人人権法連絡会による「人種差別撤廃法モデル案」発表の記者会見と「包括的差別撤廃法制定を求める議員連盟」勉強会が、2025年6月2日、衆議院議員会館にて行われた。 モデル案の全文はこちら。(外国人人権法連絡会) 必要不可欠な「人種差別撤廃法」 世界に広がる自国中心主義・排外主義や、社会に根深く巣くう差別意識、そしてアテンションエコノミーの高まりによる人種差別の「消費」といった現象は、ヘイトスピーチ・ヘイトクライムとして、日本社会においても大きな課題のひとつとなっている。 そもそも日本は「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(人種差別撤廃条約)」を締結しているが、包括的な「人種差別撤廃政策」や「人種差別禁止法」が存在しない。また、「政府から独立した人権機関」の不在も長年の課題となっており、人権保障の責務に
最高裁弁論前の原告と弁護団。(佐藤慧撮影) 「私の最後のたたかいとして今日ここに来ました」 80歳になる小寺アイ子さんの声は、法廷の最後尾で傍聴していた私には少し震えているようにも聞こえた。ただでさえ最高裁判所の構造は、要塞のように権威的だ。小寺さんを見下ろす位置に座る裁判官5人の中で、女性はひとりしかおらず、対する国側の代理人も、スーツ姿の男性がずらりと並ぶ。 それでも毅然と陳述するその姿に、裁判官は幾度も頷き、耳を傾けていた。生活保護基準引き下げを巡る「いのちのとりで裁判」は、5月27日、大阪・愛知訴訟の最高裁弁論の日を迎えた。小寺さんは大阪訴訟の原告の一人だ。 「ただ生かされているだけ」 小寺さんは2000年からカラオケ喫茶を営んでいた。2012年には初孫が生まれ、仕事の休憩の合間にお風呂に入れた。孫はその後、4人に増え、お店の常連客とのかかわりと並んで、小寺さんの生きがいだった。
突然の爆弾で足がずたずたに 「道路で友達と遊んでいたときです。とつぜん砲弾が落ちてきて爆発し、みな怪我をしました。私の怪我が、一番酷いものでした」 悲しみに満ちた目でそう語るのは、ガザ地区北部のベイトラヒアに住む13歳の少女、ヌール・アル・アシュカルさんです。 すぐに病院へ搬送されましたが、足はずたずたに引き裂かれており、切断するしかほかありませんでした。今は松葉杖を使用していますが、瓦礫だらけの街では困難が伴います。できれば「義肢」を装着したいと思っていますが、イスラエル軍は、医療品をふくむあらゆるものの搬入を厳しく制限しているため、その入手は困難です。ヌールさん以外にも、多くの人が義肢を必要としているのです。 松葉杖を携えて、ヌールさんはかつて友人たちと遊んでいた通りに戻りました。大好きだった「ケンケンパ」はもうできません。通りには瓦礫があふれ、彼女の自宅も破壊されていました。現在、ヌ
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