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おさんぽ案内人が行く瀬戸内海散歩 瀬戸の海を支配した村上水軍の拠点の島へ
因島(いんのしま)は芸予諸島北東部、しまなみ海道のほぼ中央に位置する瀬戸内海の島だ。広島県尾道市... 因島(いんのしま)は芸予諸島北東部、しまなみ海道のほぼ中央に位置する瀬戸内海の島だ。広島県尾道市に属し、瀬戸内の海上交通の要衝として近世以降は廻船業、近代以降は日立造船が立地し造船業が栄えるなど、古くから海上交易や船との縁が深い。 そして中世には、当時日本最強の水軍との呼び声が高かった、村上水軍の拠点だった島の一つとして知られている。 「海賊大将」の支配の後に三つの島へ分派 村上水軍とは、中世の芸予諸島付近の海域で活動した海賊衆(海上武士団)のことだ。瀬戸内の水軍は、もとは平安末期に海運による物流が盛んになった頃に、合併吸収を繰り返していた武家集団が起源とされる。 それを取りまとめ、鎌倉時代末期から南北朝時代初期頃に活躍した村上義弘は「海賊大将」と呼ばれ、義弘の没後の後継となった信濃村上氏の村上師清(もろきよ)が、三人の子をそれぞれ因島、来島、能島に分家させたという。 これが芸予諸島の各島



2026/10/01 リンク