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ダヴー軍団における散兵教練にみるナポレオン軍の散兵戦術|灰美谷グリボ
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ダヴー軍団における散兵教練にみるナポレオン軍の散兵戦術|灰美谷グリボ
革命軍からナポレオンの大陸軍に至るまで、フランス軍には、散兵戦の手順を体系的に定めた全軍共通の公... 革命軍からナポレオンの大陸軍に至るまで、フランス軍には、散兵戦の手順を体系的に定めた全軍共通の公式教範がなかった。1791年歩兵操典にも、その具体的な運用は詳述されていない。そのため、当時の散兵戦を知るには、各指揮官が残した教練や指示が貴重な手がかりとなる。 1811年10月16日、ダヴー元帥は、モラン将軍から受け取った散兵教練案を配下の指揮官たちに送り、各中隊に訓練を施すよう求めた。とくに興味深いのは、軽歩兵/戦列歩兵、精鋭中隊/非精鋭中隊に区別を設けず、全ての歩兵中隊を散兵教練の対象としている点である。 すでに教練を心得ている選抜歩兵とその他の中隊の兵を混ぜ、さまざまな地形で訓練するという指示からは、軍団の歩兵全体に散兵勤務を習得させようとする意図が読み取ることができる。 Ⅰ フリアン、ギュダン、デセ、コンパン、バルバネーグル各将軍宛 ハンブルク、1811年10月16日 側衛兵および散

