国内外に喧伝される「日本らしさ」はどのように生まれたのか。その起源は、ロシアの映画監督・エイゼンシュテインが編み出した「モンタージュ理論」にあった。 「モンタージュ」の語は映画のみならず、写真、広告、雑誌、まんがによって戦時下の日本で流行しプロパガンダのツールとして作り手と受け手に浸透した。 戦時下のメディア理論と文化工作を研究するまんが原作者・批評家が、芸術理論がさまざまな文化と融合し、ファシズム的な表現に変容していくさまを分析。「創られた日本文化論」の正体を明らかにする。 【目次】 第一章 モンタージュ化する「日本」 1 パリ万博とモンタージュしかない「日本」 2 寺田寅彦と昭和初頭のモンタージュ論ブーム 3 紙芝居とシネ・ポエム 4 絵巻物モンタージュ説の誕生 第二章 モンタージュとしての報道 1 報道写真と国策の実装 2 アマチュアとデータベース 3 今泉武治と原弘――プロパガンダ