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インタビュー
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学力格差や体験格差が深刻化する日本の教育。そんな中、入試難易度や威信という点においてトップに君臨しつづける東京大学に進学するのはどんな人たちなのか。東大卒業生を対象に行われた大規模な独自調査のデータから、学歴エリートの生態と格差社会の実態に迫る新刊『「東大卒」の研究―データからみる学歴エリート』より、本田由紀さん執筆の本文の一部を公開します。 東大に凝縮される「教育格差」 ここまでに見てきた、学力、社会的地位、研究力といった事象は、少なくとも国内においては、東京大学が「最高」と呼んでよい立場にあることを示していました。しかしもちろん、東京大学が話題に上るのは、ポジティブな面だけではありません。 ネガティブな事象の一つとして、「教育格差」が挙げられます。「教育格差」と一言でいっても、何による格差に注目するか、視点は複数ありえます。ジェンダーによる格差は後述しますので、ここでは出身階層および出
蓮實重彥さんの連載時評「些事にこだわり」第24回を「ちくま」3月号より転載します。思いもよらず洗面所への「セルフ監禁」という羽目に陥った筆者。スマホは手元になく、家人は不在で、隣家も遠くかつ深夜である――絶体絶命の状況からいかに脱出しえたか、奇遇としか言いようのないオチも含めて、一枚の扉がもたらした「個人的な冒険」、ご覧下さい。 「芸術家」とも訳せるアーチストという奇態な名の錠剤を含む十一種類もの薬を朝食後に嚥下したばかりだから、文字通り病身と呼ぶべき立場にあるこのテクストの書き手は、今回にかぎり、ごく例外的に、つい最近その身に起ったさる珍事を詳述することになるので、「個人的な体験」などいっさい興味はないと判断される向きには、即刻読むことをおやめ下されとひとまずご注進申し上げる。これから、昨年末のクリスマス・イヴも過ぎたある晩のこと、思いもかけずこの身が受け入れざるをえなかった緊急の事態を
信田さんがカウンセラーとして大切にしてきたことを、端的に書いていただきました。「必要なのは、他者である。自分を助けようとする他者だけではない。自分に似た経験をした他者、類似した他者の存在こそ必要なのではないか」 いまではもう日常用語になった感のある「自己肯定感」という言葉だが、私は激し く忌み嫌っている。聞くたびに拒否感で身体反応が起きるくらいだ。 Aさんはこう言う。 「ほんとにつらくて……いつもいつもどうしてこんなんだろうと自分を責めてしまいます。だから、自己肯定感を上げるにはどうしたらいいか、ヒントが欲しいんです。ほんとうに自己肯定感低すぎなんです。」 Bさんはこう言う。 「ああ、自分を好きになりたい。自分を愛せたら変わるでしょうか」 こんな言葉を聞くたびに、正直全身から力が抜ける気がする。講演などでそう語ると、ショックを受けた顔をして、「どうしてなんですか」と終了後に尋ねる人は珍しく
松沢裕作『歴史学はこう考える』(ちくま新書、2024年9月刊)が、新書大賞2025第3位に選ばれました。なんと執筆段階では「コードネーム奇書」と呼ばれていたという本書。これまでの歴史学入門書とどこが違うのか、なぜ書かれることになったのか……。去る2024年10月17日、紀伊國屋書店新宿本店3階アカデミック・ラウンジで、『歴史学はこう考える』の刊行を記念したトークイベントが行われました。登壇者は本書の著者・松沢裕作さんと吉川浩満さんです。お二人が『歴史学はこう考える』の奇書たるゆえんを語り尽くした、その一部始終を特別公開します。 こんな本は読んだことがない 吉川 松沢裕作さんの最新刊『歴史学はこう考える』の刊行記念トークイベントにお越しくださりありがとうございます。今日は、この本の中にはあまり書かれていないことを中心として、買おうかどうか迷っている方にはこの場で買って帰っていただけるように、
富野由悠季とはどんなアニメーション監督か。「演出の技」と「戯作者としての姿勢」の2つの切り口から迫る徹底評論! web連載版の最終シリーズ〈詳解『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』最終回。 本連載の倍近くの未公開原稿を加えた書籍版は近日刊行予定。ご期待ください!(バナーデザイン:山田和寛(nipponia)) ラストシーンを読む2つのポイント アムロとシャアの政治的姿勢と心のうちに秘めた屈託。その上で、映画は映画としてラストシーンを描かなくてはならない。『逆襲のシャア』では、どういうラストシーンが用意されたのか。 アクシズは、地球へと落下を始めている。ロンド・ベル隊の奮戦で、アクシズを2つに割って落下を避けようとする作戦は成功したかに見えたが、アクシズの後ろ半分は破壊の衝撃で速度が落ちてしまい、地球への落下コースに乗ってしまう。 サザビーとの戦闘に勝利したアムロは、シャアの乗ったサザビーのコ
BNPパリバ証券チーフエコノミスト河野龍太郎氏、渾身の書き下ろし! なぜ実質賃金は上がらないのか、なぜ停滞が続き収奪的なのか……経済構造に関わるあらゆる謎が氷解する『日本経済の死角:収奪的システムを解き明かす』が、ちくま新書より2025年2月7日に発売になります。「はじめに」を先行公開します。 2024年9月27日の自民党総裁選でも、同年10月27日の衆議院議員総選挙でも論点だったのは、低迷する実質賃金の引き上げでした。日本の経済エリートは、生産性を上げなければ、実質賃金を上げることはできないと論じます。しかし、本書が明らかにする通り、日本の場合、実質賃金が上がらないのは、生産性の問題ではありません。 1998年〜2023年までの四半世紀で、日本の時間当たり生産性は3割上昇しましたが、時間当たり実質賃金はこの間、なんと、横ばいです。正確には、近年の円安インフレで3%程度下落しました。 その
富野由悠季とはどんなアニメーション監督か。「演出の技」と「戯作者としての姿勢」の2つの切り口から迫る徹底評論! 書籍化にさきがけて本論の一部を連載します。 連載版の最終シリーズ〈詳解『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』〉第3回。代表作たるゆえんを解き明かす全4回。(バナーデザイン:山田和寛(nipponia)) アニメ業界の風刺? ここまでは富野が自らの演出術をいかに駆使して『逆襲のシャア』を語ってきたかを見てきた。では、戯作者・富野は『逆襲のシャア』でなにを描こうとしたのか。 『逆襲のシャア』ではマクロの状況(政治的状況)とミクロの心情(シャアの内面)が複雑に絡み合って描かれている。この絡み具合が、本作を類例のない作品としていることは間違いない。 まずマクロの状況を改めて確認しよう。『逆襲のシャア』は、ネオ・ジオン総帥となったシャアが、地球に小惑星アクシズを落とす作戦を実行する、という展開
2024年12月9日に、打越正行さんが亡くなられました。沖縄でいっしょに調査をし、親交の深い上間陽子さんに、追悼文を寄せていただきました。 追悼文を書かないといけないのですが、打越くんのバカ話ばかり思い出して笑ってしまいます。笑っていると、あれ、そもそも私は何を書こうと思っているんだっけと追悼文のことを思い出して、ああ、もうここにはいないんだと確認しています。 1か月近く、こんなかんじで打越くんの不在を何度も確認してくたびれてしまいました。しょうがないので、打越くんのバカ話を書こうと思います。 初めて打越くんの名前を聞いたのは、私が東京で大学院生をしていたころです。琉球大学の教育学部の数学科の学科室に打越正行というひとが住んでいて、そのひとは誰にも求められていないのに、ひとりで社会学の卒論を書いているとのことでした。 噂のひとである打越くんに初めて会ったのは、沖縄に帰省していた夏、打越くん
ヨルダン川西岸地区で園児たちの乗ったバスが燃えた。アーベドは息子を探して奔走する――。2024年ピューリッツァー賞を受賞したノンフィクション『アーベド・サラーマの人生のある一日 パレスチナの物語』(ネイサン・スロール著、宇丹貴代実訳)が1月10日より発売予定です。中東研究がご専門の高橋和夫氏に、本書の評とイスラエル・パレスチナの歴史についてご寄稿いただきました。刊行に先駆けて公開します。 2冊の本 本書には、実は2冊の本が隠されている。1冊目は、主人公のアーベド・サラーマが幼稚園に通う息子を失う悲劇の物語である。幼稚園の遠足のバスが事故にあい多くの子どもが死傷した。その中の1人がアーベドの子どもだった。そのアーベドの人生のドラマが語られる。 その主人公は、イスラエル占領下のヨルダン川西岸のパレスチナ人だ。必然的に占領という圧倒的な事実の陰で生きている。その個人史はパレスチナの現代史と重なり
突然の病により、2024年12月に惜しまれながらこの世を去った書評家の永田希さん。筑摩書房では『再読だけが創造的な読書術である』を刊行させていただいたのみならず、さまざまな場所で小社刊行書をご紹介いただきました。本記事では、文筆家の木澤佐登志さんによる追悼文をお届けします。 永田さんと直接的な面識があったわけではない。私と永田さんの関係、それはあえて言うならば「同期」とでも呼びうる関係だった。いま「あえて」と言ったのは、デビュー時期に一年以上の開きがあるからだ。私が『ダークウェブ・アンダーグラウンド』で単著デビューしたのは二〇一九年の一月。一方で永田さんが『積読こそが完全な読書術である』で単著デビューしたのは二〇二〇年の四月(ちょうど新型コロナウイルスが世界で猛威をふるい始め、日本でも最初の緊急事態宣言が発令されたタイミングだったことを覚えている)。それでも「あえて」同期と言いたくなるのは
富野由悠季とはどんなアニメーション監督か。「演出の技」と「戯作者としての姿勢」の2つの切り口から迫る徹底評論! 書籍化にさきがけて本論の一部を連載します。 今回からは連載版の最終シリーズ〈詳解『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』〉。代表作たるゆえんを解き明かす全4回。(バナーデザイン:山田和寛(nipponia)) 富野由悠季の代表作 映画『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』は、1988年3月12日に公開された。『機動戦士Zガンダム』(1985)、『機動戦士ガンダムZZ』(1986)に続く映画という位置づけで、富野にとっては初めての、総集編ではない自身の脚本による映画となる。 富野は企画の立ち上がりについて後年、次のように回想している。 疲れた上で一息ついてみた時に「『ZZ』までやってくれたけど、映画版という形だったらどう?」という話があって、「なんで映画版なの?」と言ったら「シャアとアムロの
李 琴峰『言霊の幸う国で』刊行記念対談として、シンガーソングライター・役者として活躍する中村 中さんとの対談を一挙掲載します。文学と音楽、フィールドこそ異なれど、表現者として生きること、自分の望むあり方を目指す覚悟が静かに熱く伝わってきます。ご覧下さい。 中村 新刊の『言霊の幸う国で』を拝読させていただきました。琴峰さんの覚悟を感じるので簡単に感想は言えないのですが、私がまず感じたのは、主人公であるLが栄光を手にしたはずなのにむしろ孤独になってることです。自分の住んでいた国や自分に与えられてしまった性別といった自分が望まないものから逃れて、望む自分になるために行動しているのに、栄光を手にしたことによって、逃れてきた過去がすべて戻ってきてしまう構造の無情さでした。 にもかかわらず、Lが自分は小説を書くことでそういうものに折り合いを付けてきた、いままでもそうだったし、これからも小説を書いて乗り
蓮實重彥さんの連載時評「些事にこだわり」第22回を「ちくま」11月号より転載します。掲載時より思いもよらぬ展開を経て、ふりだしに戻ったかのようなこの話柄。丹那トンネルより西ではどんな不思議でも起こるのか、(元)官僚たちの言葉のマジックがいよいよ時代を覆い尽くさんとしているのか。ご覧下さい。 六本木からさして遠からぬ三河台という麻布の一郭で生まれ、そこにあった祖父母の家が戦災で焼け落ちてからはもっぱら世田谷で暮らしていたので、とても生粋の江戸っ子などとは呼べぬ曖昧な身分でありながら、戦事中を疎開先の長野県で暮らしたほかはほぼ例外なしに東京に住んでいたのだから、昭和九年に開通した東海道本線の丹那トンネル以西の土地をそっくり異国と見做しているのも、さして無理からぬ事態の推移というべきかもしれぬ。 実際、わたくしにとっては、丹那トンネルはいわば安土桃山時代の「関ヶ原」みたいなもので、異国にほかなら
話題の新刊『ルポ アフリカに進出する日本の新宗教』の一部を「ためし読み」として、特別公開いたします。著者がアフリカ、ブルキナファソで出会ったのは熱心な真如苑の信者ジャック。彼の姿からは、日本とは違った宗教の姿が見えてきます。驚きが詰まった貴重なルポ、ぜひお読みください! 「ここに来た時、『日本人はいないの?』と探し回った。それで、やっと彼女に出会えたんです」 僕がブルキナファソに住む真如苑(しんにょえん)の信者と出会ったのは本当にただの偶然だった。ある週末にクーペラという地方都市へ日本人の知人を訪ねて遊びに行った時のこと、その知人と道を歩いている時に、ばったり出くわした知人の友人がたまたま真如苑の信者だったのだ。 ジャック・ソンド・ノンガネレ、33歳。ブルキナファソ第二の都市ボボジュラソ生まれの真如苑信者。ブルキナファソの有名パン屋チェーンでパン職人として働いており、2013年からクーペラ
河野真太郎『ぼっちのままで居場所を見つける 孤独許容社会へ』(ちくまプリマー新書、2024年10月刊)についての村上靖彦さんによる書評を公開いたします。ぜひお読みください(PR誌「ちくま」2024年11月号からの転載) 本書は、居場所や対話が強調される現代に、「ひとりぼっち」でいることの価値を訴える。孤立が悪しきものとして避けられがちな時代に、「良い孤独」があると語る。ここ数年孤立からの脱出をテーマにしてきた私にとっては驚きだった。 孤独という現象は最近の発明であり、孤独には悪い孤独と良い孤独があるという。かつて人がどのように孤独を発見したのか、二一世紀に社会が息苦しくなるなかで、悪い孤独から良い孤独への脱出の道をどのように探索できるのかを、著者は丁寧に考える。 本書は『アナ雪』の鮮やかな分析から始まる。エルサは、自分が持つ魔法の力という悩みを打ち明けられず悪い孤独に陥る。雪山の氷の城に閉
11月刊のちくま学芸文庫『増補 アルコホリズムの社会学』(野口裕二著)より、信田さよ子氏による解説を公開します。多くのアルコール依存症者たちのカウンセリングを行ってきた信田氏にとって、本書は「バイブルのような存在」だといいます。それはなぜなのか、カウンセラーとしての自身の歩みを振り返りながら述べていただきました。ぜひご一読ください。 はじめに 本書は、私にとってバイブルのような存在である。 1970年代からずっとアルコール依存症にかかわり、その経験にもとづいてアディクション全般にカウンセリング対象を拡大してきた。さらにアメリカでアディクション援助の世界が生み出したさまざまな言葉(アダルト・チルドレンや共依存など)に軸足を置きながら、家族と家族の暴力の問題をターゲットにしてきた。 そんな私の分岐点は1995年にあった。現在まで続くカウンセリング機関を開設したのである。本書が刊行されたのが19
第40回太宰治賞受賞作にして第46回野間文芸新人賞候補作、注目の新人作家・市街地ギャオのデビュー作『メメントラブドール』を一部特別公開! 衝撃のラッシュをいますぐ受け止めてください。 「♡」 「マッチありがとうございます!」「プロフ見てよければ返信ください♡」 Tinder には菅田将暉と山﨑賢人がいっぱいいる。で、そういうのはだいたいヤれる。いまマッチしたのは通算三人目の山﨑賢人だった。 私は男としかマッチングしない設定にしているからファクトチェックできないけど、橋本環奈と広瀬すずも一定数生息しているらしい。でもそういうアカウントの裏にいるのはだいたい愉快犯の寂しい男か迷惑系YouTuber にインスパイアされたキッズで、マッチしたところで文脈も知性もセンスもないおちょくりメッセージしか来なかった、というようなことを二人目の菅田将暉が言っていた。そんなの考えなくてもわかるだろうに、実際に
富野由悠季とはどんなアニメーション監督か。「演出の技」と「戯作者としての姿勢」の2つの切り口から迫る徹底評論! 書籍化にさきがけて本論の一部を連載します。 富野監督作に通底するテーマとはなにかを探るシリーズ第2回。(バナーデザイン:山田和寛(nipponia)) 力を手にした傲慢 では‟イデ”の本題へと踏み込む物語の終盤はどのように構想されていたか。 企画書改訂稿のストーリー要約は「人類は‟イデ”の力によって、全宇宙の支配者になろうかと自負した瞬間、物語は‟イデ”の恐るべき力を見るのだった」と締めくくられている。(※1) その後に掲載されたもう少し詳しいストーリー紹介では、終盤、バッフ・クランの先発隊がついに地球へと迫ってくる展開が書かれている。 「全てを壊滅しない限り、バッフ・クランは地球の存在を、母星に知らせる。叩くしかない」 その意志の統一がバッフ・クランを壊滅する。あたかも、‟イデ
富野由悠季とはどんなアニメーション監督か。「演出の技」と「戯作者としての姿勢」の2つの切り口から迫る徹底評論! 書籍化にさきがけて本論の一部を連載します。 今回からはシリーズ「『イデオン』で獲得したテーマ」。その後の作品にも通底するものはなにか。全3回です。(バナーデザイン:山田和寛(nipponia)) 『ガンダム』との違い 『伝説巨神イデオン』は『ガンダム』放送終了直後の、1980年5月から放送が始まった。富野はこの『イデオン』で『ガンダム』以上に作劇に踏み込んでいく。また現時点から振り返ると、富野は『イデオン』を通じて、戯作者として追いかけていく‟テーマ”とでもいうべきものを掘り当てたと考えられる。 まず富野が、『イデオン』の物語をどのように構築したかを確認しよう。 『イデオン』のメインスポンサーはトミー(現・タカラトミー)。「戦車」「タンクローリー」「幼稚園バス」が変形合体して巨大
20世紀に歴史哲学のパラダイム・シフトをもたらしたアーサー・C・ダントの代表作『物語としての歴史』がこのほど、ちくま学芸文庫入りしました。「歴史理論で最も影響を受けた本」と言われる野家啓一氏が、本書のもつ哲学史的背景と意味について解説をお寄せくださっています。どうぞご一読ください。 1 「大きな物語」の衰退 「歴史哲学」と聞いて、人は何を思い浮かべるだろうか。おそらく念頭をよぎるのは、ヘーゲルの『歴史哲学講義』に代表されるような、世界史の流れを俯瞰してその意義と目的を論じる「大きな物語」のことではあるまいか。 本書の著者アーサー・C・ダントによれば、「歴史総体の意味を論じて、ヘーゲルはそれを絶対的なものの自己認識へ至る過程であると考えた」(36頁)のである。あるいはそれを、ヘーゲルは世界史の行程を「自由の自己実現」のプロセスと見なした、と言い換えてもよい。これが神の世界創造に始まり最後の審
ちくま学芸文庫10月刊『悪文の構造』(千早耿一郎著)より、石黒圭さんによる解説を公開します。文章読本は世に数多くありますが、なかでも「悪文」を扱った本には名著が多いといいます。それはなぜなのか、また、そのような中で本書の特長はどこにあるのかを紹介いただきました。ぜひご一読ください。 もしあなたがスリムな体型を手に入れたい場合、『みるみる痩せる激やせ食事法』と『太りにくい身体を作る食事法』、どちらの本を書店で手に取るだろうか。おそらく『みるみる痩せる激やせ食事法』をまず手に取るのではないか。手っ取り早く痩せられる方法が書いてありそうだからである。 しかし、ダイエットにはリバウンドがつきものである。一年後の自身の体型を考えた場合、どちらの本に従えば、目標を確実に達成できそうだろうか。冷静な頭で考えれば、『太りにくい身体を作る食事法』に軍配が上がることに多くの人が気づくはずである。健康的に痩せた
フィールドワークの目的は、「ブラックスワン」を探すこと。自分の半径5メートルから飛び出してはじめての世界に飛び込む方法を伝える『フィールドワークってなんだろう』より本文の一部を公開します! ブラックスワン 現在、ネットという強い味方があり、ちょちょっとググればそれこそ寝ながら検索し、いろいろなことを調べることができます。それなのに、なぜ時間とお金をかけて苦労して調査をするのでしょうか。それを一言でいえば、「ブラックスワン」を探すためです。直訳すれば黒い白鳥。ホワイトスワンつまり普通の白鳥は、ネットで検索すれば、すぐに見つけ出すことができます。しかし、ブラックスワンは検索ではでてきません。 また、一羽でも黒い白鳥をみつけることができれば、白鳥はすべて白いとは言えなくなります。そのため、白鳥という概念そのものを考えなおす必要が生まれてきます。この概念を問いなおすほどのなにかを発見することが、苦
複雑で、使いづらく、うしろめたい…… 日本の社会保障はなぜこんなに使いづらいのか。複雑に分立した制度の歴史から、この国の根底に渦巻く「働かざる者食うべからず」の精神を問い、誰もが等しく保障される社会のしくみを考える、山下慎一さんの新刊『社会保障のどこが問題か―「勤労の義務」という呪縛』より、「はじめに」を公開します。 †複雑で使いにくい社会保障 なぜ日本の社会保障は、これほどまでに複雑でわかりにくく、使いにくいのか。読者各位も、一度はこのような思いを抱いたことがあるだろう。 社会保障とは、医療や老後の年金、介護、子育てなどに関わる公的な給付であり、日本国憲法25条(生存権)にその法的な根拠をもつ。人々が日々の生活に不安を持つことなく、健康で文化的に生きていくための生活保障を目的とするものと言える。 ただし、日本の現実はその理想のようになっているだろうか。そうではない、ということを示すために
富野由悠季とはどんなアニメーション監督か。「演出の技」と「戯作者としての姿勢」の二つの切り口から迫る徹底評論! 書籍化にさきがけて本論の一部を連載します。 今回はシリーズ「戯作としての『機動戦士ガンダム』」の第2回。なぜニュータイプにこだわったのか。「戯作」とはどういうことかを解き明かします。(バナーデザイン:山田和寛(nipponia)) 前回「「ニュータイプ」が産んだ2つの顔」はこちら 「ニュータイプ」をゴールとして組み立てる ここで一度、初期設定書の段階から、ニュータイプの発明に至る足取りを確認してみよう。 初期企画案には、ニュータイプという具体的な言葉は書かれていない。しかし設定などを固めている1978年11月3日付のメモに「ラスト・メッセージに至るドラマとしてエスパーの導入あり得る」と記されてもいる。7ブロックに分かれたストーリーメモを見ても、敵役としてアステロイド・ララという1
ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2024年10月号より転載。 9月末で最終回を迎えるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)、「虎に翼」(2024年4月〜)が好評だ。 〈日本史上初めて法曹の世界に飛び込んだ、一人の女性の実話に基づくオリジナルストーリー。困難な時代に立ち向かい、道なき道を切り開いてきた法曹たちの情熱あふれる姿を描く〉(公式HPより)という内容で、脚本は吉田恵里香、主演は伊藤沙莉。主人公のモデルは日本で女性初の裁判所長になった三淵嘉子だ。 この欄でも朝ドラや大河ドラマは何度か取り上げ、特に朝ドラは政治的な要素を排し、史実をマイルドに改変する癖があると論じてきた。が、「虎に翼」はそれらと少しよ
MLBの球場の外野の「壁」を臆面もなく「フェンス」と呼び続けるアナウンサーたちに、小さな声ながら異をとなえたい 蓮實重彥さんの連載時評「些事にこだわり」第21回を「ちくま」9月号より転載します。MLBもいよいよ佳境に入っていますが、その中継を見て、というか聞いて、蓮實少年の映画視聴のように、知らず英語力を鍛えている少年たちがいるのかもしれません。学習は「する」ものではなく「している」ものという箴言が思い出されます。ご覧下さい。 一九四五年八月十五日のアメリカ合衆国を初めとする連合国軍への日本帝国の無条件降伏によってもたらされた敗戦後の市民的な自由を多少とも満喫することができたのは、そのとき小学校の三年生だったわたくしが数年後に中学に進み、先生たちを合法的に虐めることの快楽を享受する術を体得できたときのことだった。「合法的に虐める」とは、英語なら英語の先生に向かって、彼が絶対に答えられないは
富野由悠季とはどんなアニメーション監督か。「演出の技」と「戯作者としての姿勢」の2つの切り口から迫る徹底評論! 書籍化にさきがけて本論の一部を連載します。 今回からはシリーズ「戯作としての『機動戦士ガンダム』」。『ガンダム』という作品にとって、ニュータイプとはなんだったのかを考える全3回です。(バナーデザイン:山田和寛(nipponia)) 「とんでもない展開」が触発する 第7回で触れた通り、富野は第6話の後、第7話から第21話までは、ストーリー案を書いていない。 第7話から第21話は、地上へ降りたホワイトベースが北米から太平洋を越え、ユーラシア大陸を横断していく過程を描いた内容だ。第7話から第15話までは、敵の司令官ガルマ・ザビとの戦いから始まり次なる敵となるランバ・ラルの登場を描くが、各話完結のエピソードも多く含まれる。第16話から第21話までは、ランバ・ラル隊との死闘とそれが、アムロ
PR誌『ちくま』より、『ヘルシンキ 生活の練習はつづく』の書評を転載します。稲葉さんの、朴沙羅さんへの愛があふれる書評です。 「朴沙羅は天才だ」。知り合いから噂は聞かされていたが、実際に会ったらすごかった。恐ろしく頭の回転が速く、弁が立ち、物おじしない。SNSで読む日々の文章も明晰で力強く、偏りがない――自分の確固たる立場はあってもおよそ党派性というものがない。本書に登場するお連れ合いのモッチンは常日頃から彼女を「世紀末覇王」と呼んで畏れ敬っている。もちろんケンシロウではなく、黒馬に乗ったあのお方のことです。 おまけに彼女は家庭人であり、二人の子の母である。モッチンと二人、まだ身分が不安定な任期付講師の時代から、小さなユキを抱えて東奔西走、毎日ご飯を作りながら国際学術雑誌に論文を投稿し、という日々の果て、ようやく定職に就いたモッチンの最初の任地は彼女のホーム京都を遠く離れた首都圏で、ご実家
富野由悠季とはどんなアニメーション監督か。「演出の技」と「戯作者としての姿勢」の二つの切り口から迫る徹底評論! 書籍化にさきがけて本論の一部を連載します。 今回はシリーズ「到達点としての『機動戦士ガンダム』第1話」最終回。第1話はなぜ視聴者を夢中にさせるのか。その魅力を演出面から読み解きます。(バナーデザイン:山田和寛(nipponia)) 前回「〈8〉アムロをどう演出したか」はこちら 初期設定のシャア 脚本から絵コンテで大きく変わったポイントはもうひとつある。それは、アムロたちのライバルキャラクターである、ジオン軍の将校・シャアの描写だ。推測するに、おそらくシャアのキャラクター性は、脚本段階ではそこまで明確に決まっていなかったのではないだろうか。 そもそも富野が書いた「ガンボーイ企画メモ」(※1)や「初期設定書」(※2)を見ても、シャアに関する記述は少ない。7ブロックに分けて書かれたスト
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