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とり天は残念な唐揚げ、ではない|佐伯
「とり天は残念な唐揚げである。よって、わざわざとり天を食べる人はいない」 極端な意見だと感じるだろ... 「とり天は残念な唐揚げである。よって、わざわざとり天を食べる人はいない」 極端な意見だと感じるだろう。だが、私は20数年間そう思い込み続けていた。理由はただ一つ、「とり天より唐揚げの方が美味しいから」。それが全人類の共通認識だと信じて疑わなかった。 しかし、無意識の思い込みとは突如としてひっくり返るものである。 きっかけはマッチングアプリだった。 とり天を食べる者たち1月某日、私はマッチングアプリで知り合った男性とうどん屋に訪れた。かじかむ手で券売機を押し、食券を店員に渡す。ほどなくしてマッチングアプリの男性が注文したうどんが運ばれてきた。 とり天うどんだった。 (※ラブソーとは嵐のLove so sweetのことです) 衝撃だったがその場では何も言えなかった。私はうつむき、静かに鼻水を垂らしながら素うどんを啜った。 翌日、昨日とは違う男性(マッチングアプリで知り合った)と鳥貴族に訪れた。
2022/08/03 リンク