ここに挙げた葛飾北斎の「五歌仙 月」、よくよく見ると大変凝った作品である。左上に浮かんでいる月や女性(「やすらはでねなましものをさ夜ふけて かたぶくまでの月を見しかな」の一首を詠んだ赤染衛門をイメージしているそうだ)の着物のねず色の部分、これは銀色の粉を使った「銀摺(ぎんずり)」。その月の周辺、色を付けず凹凸で雲を表現しているのだが、これは「空摺(からずり)」という技法である。これは「摺物」といって、趣味人たちがお金を出しあって制作した「プライベート版」の浮世絵なのだが、なるほど豪華でハイセンスな作品だ。 作られたのは、文政年間(1818~30)の中期頃。『北斎漫画』の初編が出たのが文化11(1814)年だから、北斎はすでに売れっ子だったはずである。その売れっ子にこういう作品を「オーダーメイド」で「特注」した人々は、どんな面々だったのだろうか。そんなことを思ってしまう。 葛飾北斎「楊枝屋店