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歴史とlanguageに関するgm333のブックマーク (3)

  • あるひとつの言語が絶滅…最後の話者が亡くなる : らばQ

    あるひとつの言語が絶滅…最後の話者が亡くなる 形あるものはいつかは無くなるものですが、ときには無形のものが失われることもあります。 最後に話す人が亡くなったとして、ある言語が絶滅したというニュースがありました。 絶滅したと言うその言語は、インド東部のベンガル湾に浮かぶアンダマン諸島のボー族が話していたボー語です。 アンダマン諸島に住んでいた最後の1人、ボー語が堪能な Boa Srさんは、イギリス人が植民地にするため運んできた病原菌や、日による占領や、さらに2004年に襲った津波も乗り越えてきた民族の最後の生き残りでしたが、彼女が亡くなったことで言語が絶滅しました。 ボー語は、すでに絶滅した民族の名前からとったもので、アンダマン諸島で使われた10言語のうちの1つでしたが、その歴史は石器時代にまでさかのぼると言われていました。そのため6万5千年前の文化とのリンクがこれで途絶えたことになるよう

    あるひとつの言語が絶滅…最後の話者が亡くなる : らばQ
  • 日本語の実力その2】日本語なしには成り立たない現代中国語 - Suzacu Late Show

    もっと評価されるべき日語の実力シリーズの第2回。今回は現代中国語が日起源の和製漢語なしには成り立たないというお話。やや硬い内容なので興味のある方はどうぞ。 漢字の特徴の一つとして高い造語能力があげられる。ところが歴史を見てみると漢字の造語能力を存分に活用した事例は意外に少ない。伝統的中国語(漢文)においては漢字一文字で一つの概念や事柄を表すのが普通で、二文字以上の熟語は実はそれほど多くない。そのため中国では思想活動の活発だった春秋戦国時代(紀元前770-前221年)と仏教用語を翻訳するときに二文字以上の新語を多く造りだした程度である。漢字の高い造語能力は近代に至るまでかなり低レベルでしか活用されてこなかった。 ベトナムや韓国はもっぱら中国式の漢文を忠実に受け入れてその枠の外に出ることはほとんどなかった。韓国独自の造語もあることはあるのだがその数は少ない。 日はまったくの例外である。漢

  • 日本の外国文学研究が滅びるとき - 内田樹の研究室

    水村美苗さんの話題作『日語が亡びるとき-英語の世紀の中で』を鹿児島への機内で読了。 まことに肺腑を抉られるような慨世の書である。 『街場の教育論』で論じた日教育についての考えと通じるところもあり、また今書いている『日辺境論』の骨格である、日はユーラシア大陸の辺境という地政学的に特権的な状況ゆえに「政治的・文化的鎖国」を享受しえた(これは慶賀すべきことである)という考え方にも深いところでは通じているように思う。 とりわけ、「あらまあ」と感動したのは、「アメリカの植民地になった日」についての考察である。 明治維新のときに欧米帝国主義国家がクリミア戦争や南北戦争や普仏戦争で疲弊していなければ日は欧米の植民地になっていただろうということを言うひとは少なくないが、「植民地になって150年後の日」についてまで SF 的想像をめぐらせた人は水村さんをもって嚆矢とするのではないか。 「たと

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