将棋世界1996年4月号、野口健二さんの「ドキュメント 七冠誕生の瞬間」より。 2月14日、午後4時45分。急にひっそりとした取材本部のテレビには、先程まで検討陣が予想していた通りの手順で収束へ向かう盤面が映し出され、大盤解説場のざわめきが時折流れてくる。 画面が切り替わると、顎をぐっと引き、頬に丸いふくらみの目立つ谷川と、両手を前につき、前傾姿勢をとる羽生の姿。アップに成った羽生の面上に、来し方を振り返るような穏やかな表情が浮かぶ。 △5八銀と指されて谷川が席を外すのを見て、対局室「王将の間」に向かった。ドアの前には主催紙のカメラマンら約10名が陣取り、少し離れてテレビ局のスタッフ、さらに先には新聞・雑誌各社の取材陣が、歴史的な瞬間を待ちうけている。 5分、10分と経つが、ドアは開かれない。緊張に耐えかねるように、囁き声があちこちで起こり始める。弔鐘のようにも、七冠を祝福するようにも感じ